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脈
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僕が大学に入学して数ヶ月経った時、少し仲良くなった先輩はゲイだった。
「俺友達とか知り合いに手出すほど困ってねえから」
これがその先輩の口癖だった。
仲良くなるうちに打ち解けた話をしてくれるようになった先輩に、教えて貰ったのがこのバーで、バーのマスターがその先輩の恋人だと言う。
僕が男が好き、だなんて一言も先輩には言ってないのに何故だか先輩はお見通しだった。
それからその先輩に連れられてバーを何度か訪れ、バイトしないか?とマスターに誘われて今に至る。要するに成り行きだ。
表向きはお洒落なバーだが、いざ入ってみると会員制で、紹介か何かがなければ一般の人は入ることが出来ない。そんな敷居の高さもあって俗に言う「ハッテン場」のような厭らしいものでもない。けれど、出会いを求めて集まってくるのは皆同じようだった。
「バイトの子?ずいぶん綺麗で見とれちゃった。終わるまで待ってていいかな?」
そんな風に誘われて、付いて行った事も何度かある。割と性に奔放な自分の一面を知った。
バイトを早く上がらせて貰った日に、真っ直ぐ帰る気にもならずカウンターで慣れないカクテルをちびちびと飲んでいた。その時、岬に出会ったのだけれど。
岬とのこの関係が良いとは思わない。
偶に虚しくなる。岬との約束があった日も突然晴から電話があれば直ぐに取ってしまう。晴をいつも優先してしまう。岬は笑って、構わないよというが、そんな自分が嫌いだ。
「井上くん、またグルグルしてるだろ」
グラスを拭きながら1人考え込んでいると不意にマスターの声がしてはっとする。あやうく落としかけたグラスをキャッチしてから、否定とも肯定とも言えない返事をした。
「もっといろいろさ、楽に考えてもいいんじゃない?まだ若いんだし、大丈夫だよ」
マスターは深くは聞いて来ないけど、敢えて言ってくれるているのだとは思う。
「マスターも、もともと?」
「あー、俺はもともとノンケ」
「え、そうなんですか?」
予想外な返事にまた手を滑らしかけた僕を見て、少し笑いながらマスターは頷く。
「そうだよ、この店自体知り合いから任されただけだしね」
「…じゃあ、なんで先輩と?」
先輩は根っからのゲイだと言っていた。マスターもてっきりゲイで同じ者同士結ばれたのかと思っていたのに。もともとノンケで、男を好きになることがあるのか。
「うーん、なんでだろうね。ほっとけなかったっていうか。要は惹かれちゃったのかもね、好きになった相手が男だったってだけで」
そんな風に言うマスターの整った横顔を見つめたが、腑に落ちない。
「それに、いろんな奴と遊んでたあいつが1人の相手に、しかもノンケの俺にだよ。真剣に好きになってくれて玉砕覚悟でぶつかって来てくれたんだ」
「ええ、あの先輩が?」
「そう、想像つかないだろ?でも、そんな真剣さ見せられたらさ、男だの女だの言ってないで自分も真剣に答えないとって。」
マスターは拭き終えたグラスを丁寧に棚に並べ、一通りの準備を済ませてから言った。
「気持ちなんて伝えないと分からないから。でももしかしたら人の気持ち動かせるかもしれないよ、そう思ったらすごくない?」
マスターの低い穏やかな声は妙に説得力があった。マスターがその気持ちを動かされた本人だからだろうか。じゃあもしかして、本当のもしも、僕が真っ直ぐぶつかれば、晴が好きだと、そう言えたなら。晴は何て言うだろう?なんだよもっと早く言えよ、なんて笑ってくれるだろうか。
なんて希望に過ぎない。実際はきっと
_____________ 楽だったのに。
なんて言われるんじゃないだろうか。
「素敵な話聞けてよかったです。だけど…たぶん僕には無理だな、」
さっきまでグラスを拭いていた布巾に視線を落としながら呟くと、マスターがこちらを向いたのがわかった。
「あいつ、女の子好きだし、僕のこともきっと暇潰しとかにしか思ってないから」
「え?なに、もうその相手とは寝たの?」
そう言えば、晴とのことを誰かに話したのは岬以外初めてだった。といっても岬にも詳しくは話して居ないのだが。
「セフレ…みたいな、感じで。はは、変な話ですよねなんか」
驚いたような視線にどこか居た堪れない気持ちになって、誤魔化すように笑って見せた。自分の話をするのはどうも苦手だ。言葉が詰まる。
「…なんだ、そいつノンケのくせに男も抱けるのか」
「…?はい、そうみたいで」
「それだったら脈無いって訳でもなさそう」
感慨深そうに頷くマスターがあまりにもぶっ飛んだ事を言うものだから、声がうわずってしまいそうになる。
「いや!でも彼女居るし、それにたぶん男が物珍しいだけで…!」
「そうかな?その気が全くなくて早々何度も男なんて抱けないと思うよ。俺だって、あいつじゃないと無理だ」
「いや、でも…っ」
「例えば今とっても可哀そうな井上くんに、抱いてくださいって可愛くお願いされたとしても、俺は抱いてやれないよ。同情で男は抱けないからね」
焦る僕にマスターは色気の漂う顔で意地悪く笑ってみせた。予想外な言葉のオンパレードでパンク寸前の僕は口をパクパクさせながら、でも…!と食い下がった。
「井上くん、奪っちゃいなよその女から。君ならいけるよ綺麗だし。それに焦るとよく喋るんだね、可愛いから大丈夫。」
「は…!?いやそんなわけ…」
「はいはい、もう開店だから。この話の続きはまた今度ね」
くすくすと楽しげに笑うマスターに遮られ、口籠った。奥に消えていくマスターに僕もバイトに集中しないと、と思うものの頭に浮かぶのは晴の事ばかりだった。
誰かに話して少しスッキリした気がする。しかしマスターに思いっ切り遊ばれた感じはどうしても否めなかった。
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