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なんの感情も無くて、ただの遊びで同じ男を何度も抱くなんてなかなかできることじゃないとマスターは言ったが、それはマスターが当てはまるだけで他は違うんじゃないかと思う。
そもそも岬だって妻子があるのだ。少なくともそこには愛情とか、そういう確かなものがあって。
「君のこと綺麗だなって思うんだ」
バイトまでの通話で岬は僕の問いにそう答えた。僕のどこが綺麗なのか、食ってかかって無駄な事は僕が1番知っていたから、わざわざ口に出すのはやめた。どうせ適当な事を言っているだけのような気もする。
「相手の容姿次第で男でもヤれるってこと?」
僕は自分が綺麗だとか、容姿が良いとかは特別思ったことは無い。しかし、案にそういう意味かと尋ねると電話の向こうでまた岬は苦笑する。
「そんな意地悪な言い方しないで。…何て言えばいいんだろうね、何ていうか会いたくなっちゃうっていうか」
「なんで会いたくなるの」
「うーん、好きだからかな?」
クスクスと笑う声と共に耳に届いた言葉に正直呆気にとられてしまった。好きって言葉もこの人が言うと軽く聞こえてしまう。そんな言葉をホイホイ言う程軽い人だったか?今一意図が読めなくて今度は僕が苦笑した。
「よく言うよ」
僕がふっと漏らした笑みに、岬もまた柔らかく笑った。信号の赤をぼんやりと見詰めた後ビニール傘越しに空を見上げてみる。時刻は21時過ぎだ。21時半にバイトに間に合えばいいのでまだ余裕はある。
「じゃあ逆に君はどうして僕と何度も会ってくれるの?歳も上で、つまらなくない?それに君には好きな人がいるだろう」
そう聞かれて、何も言えなかった。
岬の事は嫌いじゃない。どちらかというと好きだ。自立していて、落ち着いていて、僕に無い物を持つ岬を尊敬しているし、佇まいや雰囲気も憧れる。信頼しているし関係自体に悩む事があっても一緒に居る事は苦じゃない。
でもそれが恋愛感情から来る気持ちなのかと聞かれると、違う気がするのだ。
「…ね、分かんないでしょ」
言葉に詰まった僕を見兼ねてか、また優しい口調で岬は言った。そして僕も君と同じような気持ちだよ、と続けた。
「何だろうね、ある意味依存なのかもね。でも君と出会えて僕の毎日はずっと楽しくなったよ」
これこそ告白なのではないかと思う程の台詞に、彼に落ちない女は居ないのだろう、と漠然と思った。前からそうだとは思っていたが、きっとそういう台詞や言葉を恥ずかしげもなく言えてしまうタイプの人なのだろう。
「だけど誰でもいいってわけじゃないんだ、恭介くんがいいんだよ」
また歯の浮くような台詞に返す言葉が見つからなくて、僕はただそれに耳を傾けるだけだった。
適当な気持ちではない、という事を伝えてくれているのだろう。だけどどこか腑に落ちないのも事実で。
やはりマスターが言っていたのは誰にでも当てはまるものではないと思う。晴がそんなに深く考えているとは思えないし、僕だって岬とのことは分からない。考え方も価値観も人それぞれなのだから。
そう考えると、晴にこの想いを打ち明けるだとか、彼女から奪うだとかいうのは僕には到底出来そうもない。
「…確かに割り切った関係だけど、これだけ言っても全然意識してくれないんだから」
水溜りの水がバシャンと跳ねて立ち止まる。向かいの車がクラクションを鳴らしたせいで岬の言った言葉がかき消されてしまった。
「岬さん、なんて?」
「いいや、なんでもないよ」
ふふ、とまた余裕たっぷりの笑みを受話器越しに聴いたところで目的地に辿り着いた。付き合ってくれてありがとう、と礼を言ってから通話を切って、今に至る。
今日は開店してから1時間くらいで先輩がやって来てマスターはそのお相手を。2人を包む雰囲気は柔らかく、仲の良さを伺わせる。
羨ましいと思った。
もうずっと前に諦めた。願ったってどうしたって叶わない事はある。不毛な悩みほど時間を浪費する事は無い。それが今になってまた、羨ましいなんて。
僕には先輩のようにノンケの人を振り向かせる程の魅力も度胸もない。怖いのだ。どうしたらいいかなんてとっくに見失っていて、ただ流されてここまで来た。都合が良いのは僕のほうだ。
_______ じゃあ、自分が女だったら。
晴に好きだと言えただろうか。あわよくば恋人とか。少なくとも楽だ、なんて言う代わりに好きだと言って貰えたのだろうか。
朝が来ても帰らずに側に居てくれる?晴の香りの残るベッドで虚しく泣いたりしないで済む?横顔を盗み見ずに堂々と見詰める事ができる?
言い出したらきりが無い。晴との関係をこんなにも悲観している自分が居たなんて。
駄目だ、なんだか泣きそうだ。
歪みかけた視界に嫌気がさして、馬鹿みたいだと自分に言い聞かせた。これでいいのだ。これ以上を望まなければ晴は会ってくれる。セフレとしてで構わない。
僕らに特別な理由なんてないのだから。
僕らはぼくらでしかない。今までも、この先も、どこまでいっても。
_______________________
恭介がバイトをこなしている中、じっと見つめる視線があった。
「バイトの子?綺麗な子だね。久しぶりに来た甲斐があったよ」
男は40代半ばながらその整った容姿は一般的な中年男性よりも目を引くことは確かである。自分よりも年下のマスターに声を掛けた後、不敵とも見える笑みを浮かべウィスキーの入ったグラスを煽った。
「美人は好きだよ」
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