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境界
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「夏目晴ー。お前今日レポート出さなかったら単位もうあげないよ。いや僕はあげたいんだよ?あげたくて仕方ないの。でもねー」
「なんでフルネーム…。今持って行こうと思ってたとこですよ、田崎先生」
適当に単位修得の為だけに心理学を取ったのが間違いだったか…と思う今日。というのはせっかく恭介のマンションへ行ったのに、バイトがあると言われ大人しく帰った日から1週間。
そういえば今まで、あまり恭介に何かを断られたり留守だったりってしたことなかったな、なんて漠然と考えていた。俺に合わせてくれていたのだろうか。妙に先日の事が引っかかる。
恭介ってどこでバイトしてるんだっけ。そもそも本当にバイトなんだろうか。あの時間から?コンビニ、とか?
そういえば自分は、恭介の事をあまり知らないことに気づいた。高校時代からずっと一緒に居るから一番恭介の近くに居るのは自分だと自負していたのに。
いや、でも付き合ってる人居るって言ってたし。年上で既婚で、子持ちの。でもそれって恭介は、幸せなのだろうか。
ふと、情事後に1人で泣いていた恭介を思い出した。恭介は行為中も、行為後もよく泣いている。何に泣いているのか今一分からなくて、でも言わないから聞かない。
ただ、___________ ただ?
気付いたら頭の中は恭介の事でいっぱいで、変に焦る。俺はこんな奴だっただろうか。手の中で携帯の新着メッセージを知らせる通知が鳴り、どうせ彼女だろうと確認もせずポケットへ突っ込んだ。
「みんなして悩める若者って感じの顔してるねえ」
心理学を教えている田崎(ヘラヘラしていても教授で結構名の知られる先生らしい)は、ここに通っている学生なら誰もが知っている噂がある。
「なんか悩みあるなら聞くよ。君みたいなモテ男のは特に聞き甲斐がありそうだ」
教授室の自分のデスクに両手で頬杖を付き、嫌味なくらいにんまりと笑う田崎に若干の苛つきを覚えたが、この後一コマ空いてる俺は予定もないので少し時間を潰すことにした。
「一個聞きたいこと、あるんですけど」
「なにかな?」
「先生がゲイだって噂、本当なんですか?」
これがうちの大学で有名な噂。今までだって何人か直接本人に尋ねたらしいが当の本人はあっけらかんとして、
「そうだよ」
この通り隠しもしないらしい。
「まあ正確に言えば ヴァイセクシャルってところかなあ。」
心理学の大先生ともなれば悟りでも開いちゃって、男も女も関係ないんじゃね?と友人が言っていたっけ。
「やっぱ本当なんすね」
ついでにもう1つ噂があって、生徒を隣接のクリニックのカウンセリングルームに連れ込んでいる、とか何とか。ちゃんとした患者さんも勿論居るのだが、ご指名の時もあって、それはやはり決まって男ならしく噂はすぐに広まった。という訳だ。
「そういうの、境界ってどっからなんですかね」
特に深い意味を持って言った訳ではなかった。男しか好きになれない人も居れば、男も女もいける人もいる。俺はどうだろう。それでも俺が恭介と寝ているのは確かだ。
「境界?」
「好き、とか、恋愛感情とか。どっからそう言っていいんだろうって」
「…ほう。どうしてそんなことが気になる?」
「いや、別に深い意味は」
「…物事がうまくいかないのは無意識のうちに自分を抑圧してしまうところにあると思うんだ。叶いそうにない、願っちゃいけない、そうやって自分の中で押し込めて、無かった事にする。」
頬杖を付いていた田崎はくるりと椅子を回転させ、すぐ後ろの窓の外を見つめた。
「例えばほら。男だから好きにならない、なれないとか、今までこうだったからこれからも変われないとか。決め付けるだろう。普通こうだからって。本当はやってみなきゃ分からないのにね」
よく、分からなかった。どうして田崎がそんな話を俺にするのか、どうしてそれを俺が黙って聞き入っているのか。
「…一種の防衛だね。苦しいことから逃れたいってなるんだ。自分をコントロールしてるつもりになってね。でも結局葛藤や苛立ちになって蓄積されてくんだよ。素直になる恐怖より、無意識のうちに自分を苦しめてることの方が、よっぽど恐怖だと思うんだけどね。」
人っていうのは正しい事を言われると苦しくなる。大体の場合、そんなことは分かっていて図星だからだ。どうしようもなく情けなくなるからだ。
田崎の意図は依然として掴めない。
でも胸がざわついて堪らない気持ちになった。田崎の話を聞いている間じゅうずっと恭介の顔が頭から離れない。そういえば最近笑った顔を見てない。最近じゃないな、いつからか恭介はあまり笑わなくなった。
悲しそうに笑うんだ。あの顔を本当はずっと前から、知っている。
「…俺、ガキの頃幼馴染が居たんです。ほんとにすっごい昔。そいつ引っ越しちゃって、そん時は全然事情とか知らなくて…」
頭が痛い。ずっと蓋をして来た記憶をこじ開けようとすると耳鳴りがする。ほら、古いドアを無理やりこじ開けて軋んだ音がするみたいに。
確かに重なってた記憶の断片が _______
「…いいね、聞かせて」
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