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見ていた
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うっすらと開けた視界に僕の顔を見詰める晴の顔があった。髪がほんの少し額に張り付いている。
こんなみっともない姿見られたくないとか、シャワー早く浴びてきて欲しいとか、回らないなりに思考を必死で働かせていた。恥ずかしがるなんて今更だが、吹けば飛んでしまいそうな程危うい最後の羞恥心とか理性とかそんなものに思えた。
随分激しかったなあ、なんて漠然と思う。
言葉の通り溜まっていたんだろうな、ちょっとはスッキリさせてあげられただろうか。この行為にたいした感情が無かったとしても、求められたことが嬉しい。こうやって晴との間に存在価値を見出す事ができるのは、セックスの時だけだから。
そんな事を考えていた。瞼が重くて、ゆっくりとした周期で襲ってくる鈍い頭痛も、体全体の怠さも僕を深い眠りへと誘っているようだった。
後始末、しないと。でももう眠りたい。晴の体温が鮮明に残っているまま眠ってしまいたい。
「お前ってさあ、ゲイなの?」
だからそんな唐突な言葉の意味が理解できなくて、感情の読めない晴の声がただの音として響いただけに思えた。
それが脳に伝わって、言葉としての意味を理解して、ようやくじわじわと何か得体の知れない焦りが広がる。本当は晴の顔をちゃんと見据えてその真意を伺いたいけれど起き上がれないし、重い瞼が邪魔をする。
何か言わないと、と思ったところでまた晴が口を開いた。
「…大学の奴がお前のこと女みたいで綺麗だって言ってた。…そういうバーで働いてるんだってな」
晴は少し口籠もりながら、言葉を選んでいるようだった。視界に映る晴は僕の顔を見てはいない。
「それに見たんだ。お前が車で…キス、してるとこも。」
ずっと晴が好きだった。ずっとずっと晴が好きで諦めようとしては苦しくなって、もう辞めようって思っても何度も何度も好きを再確認させられる日々を過ごしてきた。もう何年になるだろう、ずっと苦しかった。
けどそれももう、終わらせる時が来たみたいだ。
「おまえっ、不倫してる岬サンって、普通に女かと思ったじゃねえかよ、紛らわしいんだよほんと、ははっ…」
不自然さ丸出しで晴は取り繕うように笑った。虚しいその声が重苦しい沈黙の中で響く。
「…田崎が、お前んとこ通ってるんだって?なに、もうヤッたとか?お前のこと、お気に入りだって…」
晴はこの話をどうしたいんだろう。笑い話にしたいんだろうか。僕は何も言えない。ただ涙が溢れた。セックス中に擦った目尻がヒリヒリする。いくら泣いたら気が済むんだろうと自分でも思うけど、自分では止められないのだ。
「…なあ、なんで何も言わねえの、否定するならしろよ」
黙ってしまった晴が自分の髪をくしゃくしゃと搔き上げた。僕は涙を拭いゆっくりと体を起こす。同時に下腹部に鈍痛が走って思わず眉を寄せた。
やっぱり頭痛いなあ。しんどい。とても。
「…しないよ。本当の事だから」
晴の目がやっと僕を捉えて、微かに揺れた。
晴の顔を見るのはもうこれが最後かもしれない、けれどやっと僕はこの恋から解放されるのかもしれない。
「…僕はゲイだから、親友のふりして下心いっぱいで晴の隣に居た。バーでバイトして、知らない男の人とそういうことして、…僕これでもモテるんだよね。元々ノンケの岬さんと不倫して、何でもないふりして晴とセックスしてさ、」
晴の顔なんてまともに見れる筈もなくて、僕は誤魔化すように笑って見せた。また泣きそうなのを悟られたくなくて髪をくしゃくしゃと搔く。震える自分の手を強く握り締めた。
「ね、最低なんだよ僕、だから」
一息で言うつもりの言葉が喉にひっかかって出てこない。涙声になるのを必死で堪えながら僕はしっかりと息を吸った。
「…もう晴と会うのは最後にする」
やっぱり1日に2人とセックスなんてダメだ。中出しなんかされたら尚更ダメだ。体が痛い、鉛みたいに重いし、頭も痛すぎて涙が出る。悲しくなんてない、痛いから、涙が出る。それだけだ。
「…なんだよ、それ…」
晴の言葉を掻き消すように僕は続けた。声が震えないように腹に力を入れるけれどやはり痛みが走る。
「ドン引きだろ、自分の親友がこんな私生活爛れてるなんて。それにほら…大学の友達にばれたら困るじゃん、…ホモの、友達がいるなんてさ。晴までなんか言われちゃうよ」
早口で一気にまくし立てた。涙が出そうになっては髪をかく振りをして、嗚咽が出そうになっては笑ってみせた。
「…ゲイでも、お前はお前だろ、別に今更…」
僕がゲイだろうが何だろうが晴にとってはセックスが出来ればそれで構わないのかもしれない。でも僕には耐えられない。ゲイだと知られた上で晴へのこの好意を隠し通せる自信がない。…いや、そんな心配は無用だ。もう軽蔑されて嫌われただろうから。
「…もうそろそろ終わりって思ってたし、飽きちゃったんだよね。」
もう早く出て行って。そうじゃないと、伝えてしまいそうなんだ。勢いに任せて、晴を好きだと、ずっと好きだったと、恋人になりたいなんて事を口走ってしまいそうなんだ。
高校の親友がずっと自分をそういう目で見ていたなんて知ったらきっと、晴の高校時代の思い出まで汚してしまうかもしれない。それは嫌だ。僕がゲイになったのは全く晴とは関係の無いことだということにしておかなければいけない。
どうせ嫌われるならもうどこまでも。
これ以上晴を巻き込みたくない、もうこれでスパッと終わらせて、晴は普通の生活へ。普通の幸せを掴んで欲しい。将来僕とセフレみたいな事をしていたのは若気の至りだったと思えるように。
「…相手には困ってないんだよね僕、そういうのいちいち聞かれるのも面倒だし。」
大好きな晴。大好きで大好きで堪らない晴。
恋人ではないし、友達でも居られない「ぼくら」のカタチが崩れていく音がする。最悪の道を辿ってしまったけれど、どうしようもない事だ。
「…わかった。」
そう言って立ち上がった晴はタオルで手早く自身の体を拭き脱ぎ捨てた服を身に付けた。晴の気配が遠ざかっていくのを背中に感じ、震える肩を抱く。溢れそうになる嗚咽を堪え僕はきつく唇を噛み締めた。
「じゃあ行くわ」
玄関のドアを開ける音がして、少しだけ顔を上げた。そろりと視線をやるとこちらを向いている晴が居て、でもその表情は前髪で隠れていて見えなかった。暗かったのもある。最後にあの綺麗な顔を見たかった。
「もう会う事も、ねえだろうけど」
バタンと無機質な扉が閉まる音がして、この部屋に残ったのは鈍い痛みと持て余すほどの孤独だった。
堰を切ったように涙が溢れ僕は体を丸めて止まる事を知らない涙を流し続けた。どれくらい時間が経ったか分からないが泣いて泣いて、枯れるほど泣いて、ようやくバスルームへ向かった。
歩く度下腹部は痛む。まだ晴が僕の中に入っている。のそのそと歩いて熱いシャワーを頭から被った。自らの後ろに指を入れれば晴が内腿を伝って、気付けばまた泣いていた。
酷く惨めだった。だけど、
空っぽの僕にはお似合いだった。
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