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あれから4日経った。
この4日間何をして過ごしていたか正直あまり覚えていない。眠っては晴の夢を見て、目が覚めたら晴は居なくて、だから眠って、眠ったらまた晴に会えて、現実ではない事を実感して鬱々とする。そんな繰り返し。ココアを飲んで、マシュマロを浮かべて、携帯は一度充電が切れてからもう触っていなかった。
そろそろちゃんとしないといけないと思い洗濯機を回しに立った時、棚の上に無造作に置いていた鞄を落とした。そこから散らばった財布、鍵、手帳の他に一枚の小さな紙があって、田崎の名刺だと気付く。
そういえば田崎のクリニックに行くんだっけ。
あんな強気を言った手前行かないのは格好悪いか。充電器を手に戻り直ぐに携帯に繋いだ。
充電が20パーセントまで回復したところでその小さな名刺に書かれた番号に電話を掛けた。わざわざ手書きで書き加えられた番号は明らかにプライベート用で、呼び出し初めてからほのかな緊張を感じる。
何もやる気が起きなかったのに、なぜこんなにすんなりと行動に移したか分からない。ただそろそろ1人が嫌になった。こんな鬱々したままココアだけ飲んでいたら僕はどうにかなってしまうんじゃないかと、そう思った。
「田崎さん、井上です。…あの、バーの」
電話の向こうの田崎はいつも通りの間延びした口調で、何故かほっとしてしまう。久しぶりに聞く人の声だ。
「18時においで。待ってるよ」
クリニックを訪れる約束を取り付け、現在の時刻は15時。しっかり湯船に浸かって入浴を済ませ、白のシャツと黒のパンツを身に付けた。これだけでは心許なく、とりあえず薄手のカーディガンを羽織っておく。
洋服にこだわりはあまりない。けれどシンプルなのが好きだ。試着などしないせいか少しサイズが大きくてブカブカする。
髪を乾かしふわふわと跳ねる毛先を撫で付けた。
昔から言う事を聞いてくれない髪質。バイトの時はワックスでどうにかしているけど、わざわざセットするのも面倒だ。鏡に映る自分と向き合っているのがどうにも嫌で早々に切り上げた。
体の痛みはほとんどなくなっていた。
残っているのは「傷痕」だけ。赤から茶色っぽく変色したそれは自分で見ても痛々しい。
出来るだけ家事をして、日常を取り戻そうと思った。
洗濯機を回して、散らかしていた洗濯物を畳んだし、置いたままのマグカップもきちんと洗って拭いた。晴がうちに置いているスウェットも、タンスの奥にしまった。処分する気にはなれなくて相変わらずの自分に苦笑するけれど、目の届かないところに置くだけで今の自分にとっては進歩だと、そういうことにしておく。
そうこうしているうちに時間は過ぎ、僕は横目に晴と最後に寝たソファーをちらりと見てから部屋を後にした。
*
「よく来たね」
着く前に一度電話を入れると裏口に回るように言われた。大学に隣接されているクリニックは立派な佇まいで、言われた通り大学との間の細い道を入ると職員用とみられるこじんまりとしたエントランスがあった。
入ろうとした時田崎がひょっこり顔を出して、いつもの笑顔を浮かべている。約束通りだね、と笑いながら僕の肩を抱き、中へと促した。
「平日の診察は17時まででね」
促されるまま入ったカウンセリングルームは、まっしろな天井と、あたたかみのあるクリーム色のカーテンが印象的だった。そのまま柔らかなソファーに座らされ、田崎はその向かいの椅子に腰掛けた。
長い足を組む。彼は滑るような口調で続けた。
「普段は残って働いてくれる子もいるんだけどね、今日はみんな帰ってもらったんだ。特別なお客さんが来るからってね」
僕はその何を考えているか分からない瞳を見詰める。吸い込まれそうになった。
「さあ、始めようか」
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