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慰める
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「じゃあ、俺行くわ」
やっと状況を飲み込めたのは晴に腕を引かれてクリニックを出た頃。僕の三歩先に立つ晴は背を向けたままで、僕は思わずその背中を呼び止めた。
「待って…!…その、なんで…」
なんで来てくれたの?と、聞きたいことはただ一つだった。晴がゆっくりとこちらを向いてやっと目が合った。けれどその目は酷く冷たい。やはり嫌われているんだろうと実感する。
「…なんでだろうな」
晴の声は冷たかったけれど、怒っては居なかった。晴の考えている事が分からない。僕はとりあえず混乱して、でもあんなところを見られて気まずくない訳がない。
「…泣くくらいなら辞めろって話。」
晴はそう言って僕の涙をごしごしと親指で拭った。予想外の事に馬鹿みたいに垂れ流していた涙は止まったけれど、驚きを隠しきれなくて結局何も言えなかった。
そのまま、じゃあな、と言い残し晴は本当に行ってしまった。一歩ずつ一歩ずつ距離が開いていくのをじっと見詰めていた。いつの間にか晴の背中が見えなくなるとこれが永遠の別れのように感じて、思わず唇を噛み締めた。
_________ 実際そうなのかもしれない。
晴のデニムシャツから、晴の匂いがする。
大好きな匂いだ。いつもは彼女の香水の匂いが付いているけど今日は付いてない。だから晴だけの匂い。相変わらず視界がすぐに歪むけれど、そっと自分の肩を抱くようにして逃げるようにマンションへ帰った。
*
田崎に触れられた時、感じたのは確かに恐怖だった。触れられたくない、そう思った。多分それは田崎だからではなくて、誰が相手だったとしても僕はまるで「初めて」のようにガクガクと震えていただろう。怖くて仕方なかったのだ。目の前に居るのが、僕に触れるその手が晴ではない事が。
_____________晴以外に触れられたくないなんて
「…もう、なんか駄目だ」
消えたいと思った。人生なんてどうしようもない事ばかりだ。今までは晴の寂しさを埋める為に他の男と寝て来たのに、晴を忘れる為となると途端に他の男を拒む自分が居る。
もう抱いて貰える事がないと分かった瞬間、他に抱かれる事が怖くなる。晴と重ねた肌に他が重なったらもう、僕は晴を思い出せなくなるんじゃないか、そんな気がしてならないのだ。
思い通りに行かない時ってどうするんだっけ。どうやってやり過ごしてきたんだっけ。現実を受け入れたり諦めたりするのは得意だった筈だ。
晴の事だって何度も何度も諦めた。
僕はそっと鎖骨にある「傷痕」に触れて目を閉じてみる。そうするとまた晴の匂いがデニムシャツから強く香った気がして僕は酔い痴れた。
その瞬間、ぼーっとする頭と背中がぞくりとする感覚。そろそろと伸ばした右手は自らの中心を目指していた。
ベルトを外しファスナーを下ろす。膝まで足を抜いたところで面倒になって下着ごと脱ぎ捨てた。
目を閉じて、自分が着ているデニムシャツに鼻を摺り寄せてはすん、と匂いを嗅いだ。田崎と居る時はまったく反応しなかったペニスがゆるりと首を擡げるから、慰めてやる。
「…ん、ふ、…」
まさか高校からの男友達が自分の匂いで興奮しているなんて晴は思いもしないだろう。いけない事だと卑し過ぎると分かっていても手は止まらないし、飢えた体は快感を求め続けた。
晴の手が僕のペニスを包み込んだ時。あの綺麗な指に翻弄されながら深く口付けられた時。ガクガクと震える腰と粘着質な水音が止まらない。
「…ふぅ、ぁ、は…る…」
ぎゅっと閉じた瞼の裏に晴を思い浮かべて、僕は自分の手で果てた。目を開けると勿論そこに晴は居なくて、広げた手のひらの白濁に一層惨めさを痛感するだけだった。
どうして、僕は僕なんだろう。
どこから間違えた。何がいけなかった。
母さんが病気で死んでしまったこと?父さんに見捨てられたこと?祖父母がお金目当てだったこと?笑顔を貼り付けて上辺だけの人間関係しか作って来なかったこと?晴と、出会ったこと?
冬場のストーブの匂いも2人で歩いた帰り道もクリアできないゲームも、卒業式のツーショットもイチゴとバニラのアイスも全部全部無かったら僕は晴の事を好きになんてならなかっただろう。
もっと上手に生きれたら僕のこの気持ちとも上手く付き合えたかもしれないし、少なくともこんな最低な終わり方を選ばずに済んだだろう。大切なものを失うのはこんなにもつらい。こんなにも虚しい。それがなければもはや僕は何だというのだ。僕にはもう何もない。
縋り付きたいほど繋ぎとめておきたい物すら。
いっそのことどこか遠くへ行って、僕の事を知っている人が誰も居ない所でこの行き場の無い感情と距離を置きたい。
引っ越そうか。どうにかして父さんに連絡してマンションの契約を破棄して貰えば何とかなる。幸い振り込まれてくる仕送りには殆ど手を付けていない。奨学金と貯めたバイト代で何とかやって行けるほどの金はある。
環境が変われば僕も少しは、変われるだろうか。
その前にいくつか、やらなければいけないことがある。
「もしもし、岬さん。僕です。ずっと電話もメールも返事出来なくてすみません。」
僕が奪ってしまったこの人とこの人の家族の普通の幸せを、元通りに、なんていかないだろうけど。この過ちを無かった事になんてきっと出来ないけれど。
「…もう、会うの辞めたいです」
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