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苦い
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「___________ 本日未明に若い女性の遺体が発見されました。数日前捜索願が出されていた女性と判明し、その交際相手の男が逮捕されました。」
報道番組から緊張感のあるキャスターの声とヘリコプターから撮られているであろう映像が流れる。女性の監禁殺人の現場らしい小さなアパートだった。
「男は全ての犯行を認めており、別れ話を切り出されて頭に血がのぼった、うちに閉じ込めて自分だけのものにしたかったなどと供述しています。遺族は _______ 」
この手の事件は後を絶たない。殺してしまったら元も子もないじゃないかと思うのだが、相手に狂うほど求められるような恋愛をしたことのない僕とはどこか遠い話のように感じる。要するに他人事だ。誰がいつどこで死のうと、大抵の人は気にも留めないのである。
昨日の夜、岬に電話を掛けた。
とりあえず会って話そうと言われ、さすがにあの通話1本で終わらせるのも失礼な話なので早速今日直接会ってけりをつけることになった。
正直気が重いけれど何か少しずつでも変えていかないと僕は本当に屑みたいな人間になってしまう気がする。とりあえず不倫はやめる、それだけだ。
待ち合わせは小さなカフェだった。
いつも夜にホテルやレストランで会っていたためこういうラフな所は新鮮だ。先に来ていた岬がコーヒー片手に手帳を広げている姿は絵になるな、なんてくだらない事を考えながら僕も席に着いた。
僕の分も頼んでくれていたらしいコーヒーはまだ温かくて僕はちびちびと飲んでみたものの、やはり苦かった。
「別れたいってこと?」
話を切り出したのは岬だった。5日ぶりに会う岬はどこか冷たい雰囲気でこんな人だったろうか?とふと疑問に思うのはさて置き、僕はこくりと頷いた。
「…もう、辞めたいんです。こういう、不倫みたいなのとか」
「どうして?別に構わないでしょ、自ら言い出しでもしない限り誰1人君と僕がそんな仲だなんて思わない」
淡々とした言葉がいつもみたいに優しくなくて僕は少しぞっとした。僕だってそう思う、不倫が駄目とかそんな道徳的なことを今更掘り返せる立場でもない。でももう辞めたいのだ。
「…違うんです、僕もう嫌なんです、これ以上、なんていうか…」
「これ以上なに?」
「他の人と、…そういう事したくなくて」
何て伝えればいいのか分からない。恋人ができたからもう会えないと言うのとは全然違う。ノンケのしかも振られた相手の事が忘れられなくて他の人とセックスできないなんて意味が分からない。
「振られた…けど、でももう、岬さんとはもう、」
「…エッチしたくない、って?」
僕はこくりと頷いた。重苦しい沈黙に僕は膝の上に置いた手をぎゅっと握り締めた。心地よい音楽の流れるカフェの雰囲気とは似つかわしくない話題である。
「酷いなあ、君は本当に」
「あの…っ、ごめんなさい。本当に。僕の我儘でいつもいつも迷惑かけて、勝手で、」
岬の声のトーンが落ち僕は慌てて謝罪を繰り返した。でも元々お互い本気で恋愛している訳でもないのにどうしてここまでする必要があるのだろうかとも思う。
「ううん、分かったよ」
びくびくして返事を待っていた割に案外ケロリと了解した岬に心底安堵してぼくはそっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ最後にドライブがてら送っていくよ。外に車止めてあるんだ。…あ、それとももうドライブも駄目かな?」
困ったように微笑んだ岬に罪悪感を感じ全然駄目じゃないと首を振って見せた。カフェの滞在時間は30分弱といったところだろうか。促されるまま、僕はあの黒のレクサスに乗り込んだのだった。
エンジンをかけると同時に流れ始めたラジオは今朝のニュースを繰り返すものだった。岬が操作するとブチッと音を立てて音声が途切れ代わりに流れ出したのはいつもの耳馴染みのよい洋楽だ。
発車して数分経つと途端に眠気が襲った。寝不足でもないし、人の運転する車で寝こけるなんて…。遠のいていく意識の中僕は田崎の所に来てくれた晴を思い出していた。
_________________泣くくらいなら辞めろって話。
「……は…る」
僕は眠りに落ちる瞬間、岬の口角が弧を描くように笑ったのが見えた気がした。
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