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本気
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「東京都で起こった女性監禁殺人の容疑者である男の裁判が行われました。最高裁は_______」
朝の報道番組で、ここ数日ワイドショーを騒がせていた事件の決着が付いたと伝えられた。遺族は涙を流し、番組のコメンテーターは深刻な面持ちで事件を語った。
「今までありがとね、晴」
翌朝、目が覚めると彼女は荷物をまとめていた。テーブルにはいつだったか回収し忘れていた合鍵が置かれている。静かにテレビを消して玄関まで見送ると彼女はそう言ってにこりと笑った。
「なんか、居座っちゃってごめんね。どさくさに紛れて同棲して、既成事実でも作ってやろうかと思ってたの」
彼女はへへ、と笑って見せたかと思えばすぐに俯いた。肩から下げた大きな荷物カバンの持ち手をぎゅっと握り、その肩は少し震えているようにも見えた。
「…私最初はさ、晴のこと、こんなイケメンな彼氏と付き合えて本当ラッキーって思って友達にもいいなって羨ましがられて、しかも晴、私がワガママ言っても何も文句言わないから、それもラッキーって…」
彼女は泣いていた。俺は黙って彼女の言葉の先を待った。今までだったら彼女が泣き出せば頭を撫でてやったっけ。
「でも気付いちゃった、晴って私にあんまり興味ないんだろうなって。だから困らせたり我儘言ってもきっと何も言わないんだよね、ドタキャンしても、晴には他に行く所あるっていうか」
彼女はゆっくりと顔を上げた。鼻も赤いし目も赤い。俺はその顔を見ても昨夜は泣いたりしなかったのに、と漠然と思うだけだった。
「…私も晴にちゃんと見て欲しかったなあ。晴に怒られたりとか本音言ってもらったりとか、なんかそういうさ、気を使わない楽な関係みたいなの、憧れちゃった」
付き合っていく上で大事な事って何だろう。好きとか嫌いとか、愛情とか、それって形が無いのにどうやって人はそこに見出すのだろう。
例の事件の女性は別れるつもりだったとして、かつては好いていた筈の男に酷い目に遭わされてどんな気持ちだっただろう。反対に容疑者の男は、どんな気持ちだったのだろう。愛する人を自らの手で殺して、残ったのは自分1人だ。
「…じゃあ、バイバイ。」
ドアを開けてから彼女はもう一度振り向いた。彼女はもう泣いていなかった。一度鼻を啜って俺を真っ直ぐ見詰めた。
「次は、晴が本気で大切にしたいって思える子と付き合えるといいね」
彼女の表情は晴れやかだった。バタンと音を立ててドアが閉まり、残ったのは俺と沈黙と、テーブルの上の合鍵だけだった。
本気で、大切にしたい。
本気で、守ってやりたい。
本気で、ずっと一緒にいたい。
他人を深く思ってもそれが自分に返ってくるとは限らないから他人にはあまり入れ込まないこと。深入りしないこと。情を持ち出したりしないこと。俺はいつからかそう思っていて、いつからか他人に過度に干渉することもされる事も酷く嫌っていた。
友達も恋人もどうせいつかは離れていくのに、と思うと億劫なのだ。離れてしまって、疎遠になって、そうしたらもう思い出す事もないまま忘れてしまうのだろう?
「恭介だって…」
あれだけ仲が良かった恭介とも、もうあれっきりだ。会う事もなければ連絡だって取らない。
突然マンションへ押し掛けるにしても、何かコンタクトを取るのはいつだって俺からで、こうして俺が何もしなければこんな簡単に終わってしまうものだったのだ。まあそもそも、もう会わないと言われてしまっているのだけれど。
高校の時が懐かしい。恭介を色んなところに連れ出したり、あいつが一人暮らしなのをいい事に何度もマンションに押し掛けた。
たくさんの時間を一緒に過ごしたのに。
ふとレクサスの男の腕の中で眠る恭介を想像した。恭介はもう俺の事を考えたりなんてしないのだろう。あの部屋に男を連れ込んで、あのバーでバイトをして、変わりなく過ごすだろう。
そうやって恭介も俺を忘れてしまうのか?
______________ 俺はこの喪失感を知っている。
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