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どっちが
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『晴と井上くん、すごい仲良いよね。なんかヤキモチ妬いちゃう』
その当時の何番目かの彼女に言われた言葉だ。いや結構何人かに言われたかも。似たような理由で責められて勝手に泣かれる事がよくあった。
『晴と今付き合ってるのは私だよね…?私と友達どっちが大事なの?』
俺の答えは当たり前に恭介だった。だって恭介は親友だから。だって恭介は俺が守ってやらないといけないから。お前より仲良いに決まってる、お前よりずっと多くの時間を過ごしてきたんだ。
そんなふうに思っていた。
じゃあ付き合わなければ、と思うのだが告白されて断るのもなかなか面倒だった。それに当時彼女がいる、というのも一つのステータスだと勝手に思って居たのもあって、付き合っては別れてを繰り返した。
『お前と井上ほんと出来てんじゃねえの?でもお前らならアリ!2人ともイケメンだもん』
そうやってからかわれるのが嫌でもなんでもなかった事を俺は覚えている。
『でも井上には言えねえな、これは』
『なんで?』
『あいつはガチかもしんねえじゃん』
恭介が俺の事を好いているらしい、と噂が立った事がある。本人はそんな噂全く知らなかっただろうし、そもそも恭介がそんな素振りを見せることなんてなかったから確信なんて全く無かったけれど。
だから時が経てばそんな噂も消え、誰もそんな事を言う奴は居なくなったけれど、その噂が恭介の耳に入らないうちに消えてしまうのが心のどこかで面白くなかった。
もし、俺がそれっぽい素振りを見せたら?
もし、俺が触れたら、どんな反応をする?
他人には見せない無邪気に笑う姿とか、むきになってゲームのステージをクリアするのに奮闘する姿とか、俺しか知らない恭介をたくさん知っている自信はあった。
俺が見てない時恭介の視線が俺に向けられていた事も本当は知っていた。
でもそれ以上に何もない事が面白くない。女と付き合って、2人で居る時間が減っても、特に気にする様子もなくて、むしろ距離を置きたがるような恭介が気に食わなかった。
「あーなんか、考えるの面倒くさい」
こんなのいくら考えたところでもう、恭介とは終わったのだ。恭介は恭介の道を行き、俺は俺の道を行く。そうは分かっていても割り切る事の出来そうにない自分に苦笑して俺はやっと大学へ向かう準備を始めた。
3回くらい心理学の講義に出ていなかった。田崎の顔を見たくない、あの日の挑発するような田崎の顔が脳裏に焼き付いて離れないから。睨み付けずに居られる自信なんて毛ほども無い。
____________ ところが。
せっかく行ったのに心理学の講義は休講になっていて俺は舌打ちしそうになった。まああいつの顔見なくて済んだしいいか、なんて思っていたのも束の間。
「晴すまん!お前空いてるんならこの書類出しといて!田崎先生の机の上に置くだけだから!じゃあな!」
今度こそ俺は舌打ちをして返事する間もなく押し付けられた書類を手に歩き出した。
*
「失礼しま…って先生、居るのに休講ってもしかしてさぼりですか」
扉を開けると田崎がいつもの椅子に座っていて思わず面喰らう。休講になるくらいだから緊急の用でもあって不在なのかと思ったのに。結局こいつの顔を拝む事になるなんて付いてない。
「いや、ちょっと気になる事があってねえ」
口調はいつも通りなのに、なぜかいつもより深刻な顔付きで何かを考えているようだった。
「気になる事?」
とりあえず押し付けられた書類を手渡し俺は聞き返した。おっさんと2人でいる必要なんて皆無なのだが一応聞くだけ聞いてみる。
でもその問いになかなか返事は返って来ず、すると暫くして田崎は俺を真っ直ぐ見つめた。
「井上恭介くん、知ってるんだよね」
「…だったら?」
「やだなそんな敵意丸出しの目しないで。君とあの子の関係を根掘り葉掘り聞きたいのはやまやまだけど、この際それは二の次なんだよね。」
静かな室内に壁時計の秒針の音がやけにうるさい。俺は妙な胸のざわつきを覚えながら田崎を見つめ返した。
「最近、恭介くんと連絡取ってる?」
「…いや、全く。最後に会ったのはあんたが犯罪に手染めかけてた時っすから」
皮肉を込めて言ったつもりだった。だけれど田崎の表情はぴくりともしない。何だろう、この感じ。
「彼と連絡が取れないんだ」
「…それは単に先生が無視されてるだけじゃなくて?」
妙な胸騒ぎははっきりとした確証を持たないまま俺の中にじわりじわりと胃を締め付けるような焦りとして広がっていく。
「だといいんだけどね。携帯も繋がらないし、バイトもずっと無断欠勤みたい。バーのマスターにお願いして彼の先輩にも確かめて貰ったけどやっぱり大学にも来ていないってさ」
最後に会ったのはいつだ?あれは1週間前?いやもっとだ。今日であれから10日ほどになる。
「…さすがに変だと思うだろう?」
分からない。恭介がどこで何をしているかなんて俺には知りようがない。でもあの恭介が無断欠勤したりするような無責任な奴だとは思えない。
もしかして何か病気でもして倒れてるのか?
「それともう一つ。関係あるか分からないけど、彼の不倫相手の登坂岬も一度もバーに現れていないらしい。」
「…!あの、俺失礼します…!」
もう構内全力疾走なんてする事ないと思って居たのに結局こうなる。勘違いであって欲しい。マンションに行って恭介が居るかどうかだけ確かめたい。俺が想像しているような事にだけはなっていないことを願うしかない。
頼むよ、恭介。
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