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からっぽ
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「夏目くーん」
外へ飛び出せば後ろから突然名前を呼ばれ危うく転けそうになった。見上げると俺が先程まで居た二階の教授室の窓から田崎が何かを手に掲げている。
俺が何か言おうとした瞬間に放り投げられたそれを慌ててキャッチすると、それは一台の携帯電話だった。
「それを持って行きなさい。何かあればそれに連絡するから」
「え、でも」
「それは僕のプライベート用」
田崎はまた別の携帯電話を見せながら俺を追い払うようにひらひらと手を振った。足を止めるんじゃなかった、などと思いながら俺は苦笑いで踵を返し、それを握り締めて走り出した。
とりあえず向かう先は恭介のマンションだ。
やけに久々に感じる道のりを経てマンションのエントランスまで着いた時、また堪らない気持ちになった。
様々な出来事が蘇って来て焦る。胃がぎゅうと締め付けられるような感覚だ。ああ、緊張する。
別に恭介の無事が確認出来ればいい。
そう思うのにもう会わないと言われた時の、あの恭介の抑揚の無い声が何度も何度も頭の中でループしてまた胃を締め付けた。
エレベーターは使用中で待つのも煩わしく迷わず階段を選び駆け上がった。じとりとした汗が背中を伝い、息が上がる。恭介の部屋の階まで辿り着けばバタバタと騒がしく部屋の前まで一目散に駆けた。
チャイムを鳴らし、慌てて額の汗を拭った。
こんな馬鹿みたいに焦ってやって来たなんて、完全に迷惑がられるだろうな。物音でも聞こえたら恭介が出て来る前に立ち去ろうかとさえ思うがいくら耳を澄ませても物音一つしない。
「恭介ー、あの、俺。いる?あー、出て来たくなかったらいいから、返事だけして」
トントンとドアをノックし近所迷惑にならはい程度に呼び掛けたものの何の反応もなかった。
「…くっそ」
覗き穴から覗いてみても中の様子が分かる訳もなくて、そんな事をしている自分がみっともなくて、ただこの焦りがどんどん募るほど胸騒ぎがしてならない。
「恭介、おい、まじいるんなら返事だけして、出て来なくていいから、なあ」
ドアノブを握り何度押しても、勿論何度引いたところでドアは開かない。恭介の声も物音もせず、しんとしたままだった。
「…何してんだ、俺」
そう肩を落とした時、突然背後から肩を掴まれ思わず息を飲む。嫌な予感ばかりが募っていたせいかひやりと寒気が背筋を走り体を強張らせた。
「…!」
「あ、驚かせちゃったわね。…えーと、井上さんのお知り合い?」
身構えた割に後ろに立っていたのは小太りの女性だった。勢いよく振り返った俺を買い物袋を腕に下げ、申し訳なさそうな顔で見上げていた。
「…いや、あ、そうです。あの最近姿が見えないらしくて様子見に来たんですけど…」
「あらそうなの?ここ最近たぶん帰って来てないみたいよ?」
女性は目を丸くしながらそう答えれば、口に手を当てそっと声をひそめた。
「いつも明け方帰って来るから何のバイトしてるのー?なんて聞いた事もあるんだけどね、物腰は凄く良い子だと思ってたけど…やっぱり何か、怪しい子なの?」
女性の目は所謂人の噂だとかゴシップに興味津々のそれで俺は思わず冷たい視線を投げてしまった。
とにかく恭介は帰って来ていないらしい。となると何処にいるのか…まずい、探す当てすらない。
___________ 一体どこで何してる?旅行?友達の家に泊まっているとか?入院?それとも誘拐、とか…
「やだお兄さん無視?」
怪訝そうな視線を投げてくる女性に舌打ちしそうになるのを堪え、取り繕うとしたところで田崎に渡された携帯の着信音が鳴り響いた。
「あ、すいません。じゃあ俺はこれで!」
女性が何か言った気がしたがすぐにエレベーターに乗り込み通話ボタンを押した。案の定通話は田崎からである。
「ここ最近恭介うちに帰って来てないらしくて」
「やっぱりそうか…。今から言う住所に向かってくれる?タクシー回すから」
「住所?ていうかあんたは…」
淡々とした田崎の声にも僅かに焦りが感じられてやはり何かただ事では無い事態なのだと実感させられる。エレベーターが降りていくように絶望に向かっていく。
「僕は今から学会があるからどうしても外せない。本当は僕が助けに行きたいけどね。…いらぬ心配ならいいけどやはり放っておけないだろう?」
「…助けるって、恭介はどこに…」
「井上くんの不倫相手の男いるだろう?ちょっと調べさせたんだ。…彼もここ1週間程出社してないらしい。」
ふとエレベーターの壁の鏡に映っている自分と目が合った。酷い顔だ。焦り、恐怖、それから。
今まで見てきた自分の中で一番人間らしい表情で思わず苦笑する。なんて顔してるんだ。
「今から言うところはその男の、隠れ家」
エレベーターから降りエントランスをくぐればすぐにタクシーがやって来た。恭介のマンションも調べさせたか何かで把握済みということか。
「___________囲い部屋って言った方が正しいかな」
ごくりと唾を飲み込んだ。真っ黒な雲からは今にも雨が降りそうだ。
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