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被害者じゃない
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目を開けると視界に飛び込んでくるのは白い天井。そして右を見て、左を見て、絶望する筈が今日は違った。
「…病院?」
手錠で拘束されていた筈の腕から点滴のチューブが繋がり、ああ、終わったのかと実感する。岬の姿はどこにもなかった。
点滴だけでなく大袈裟な程に巻かれた包帯も、そんなに大したことないのに、と窮屈に感じてしまう。確かに自由を奪われてはいたけれど、十分に食事も貰っていたしどこも悪いところなんてない。
あるとすれば…
また目を閉じると瞼の裏に岬の顔が浮かんだ。狂ったように僕を組み敷く岬の額に青く血管が浮かび上がっていたのを妙に覚えている。僕がそういう目的で監禁されていた事は報道されるのだろうか。病院や警察の人たちにも知られているのだろうか。それはちょっと嫌だなあ。
でも、なんか、どうでもいいかも。
いろんな記憶が頭の中で錯乱してどれが本当だったのかすら分からなくなってくる。僕どうして今ここに居るんだっけ、誰が助けてくれたんだっけ。
あのお巡りさんは一体誰が______
そこまで来てはっとする。あの時僕の名前をひたすら呼んでくれた晴は、あれは現実?それとも僕の妄想?こうなったらいいなんて無意識のうちに願っていただけのただの想像だろうか。
ああ、なんだかまた眠くなって来た。
次目が覚めたらまた岬の家だったらどうしよう。
僕はまた眠りに落ちて、うっすらと夢を見た。
岬に羽交い締めにされて首には刃物を突き付けられていた。どうせどこにも逃げれないなら一思いにやればいいのに、なんて思っていた僕とは裏腹に岬の手はガタガタと震えていて、それだけが変に現実味を帯びているように感じたあの時。
雨で濡れた体が冷えて、体に纏わりつく濡れたワンピースが気持ち悪かった。僕以上に泣きそうな岬は震える手で刃物をつきつけたまま何度も何度も僕に言うのだ。
「僕は君が欲しいのに、どうして。僕を選ぶって言ったじゃないか」
「…僕は全部失ったんだ、君しかもうないんだ。それなのに君は」
僕は一体、どれだけこの人を傷付けたのだろう。
その後警察の人たちが入って来てすぐに岬は取り押さえられた。連れて行かれる時岬は泣いていて、その涙に濡れた瞳で僕を見た。
「…出会わなかったらよかった」
確かに耳に届いた掠れた声が僕の心臓を容赦なく抉る。ああ、僕は憎まれるんだ。僕は被害者だけれど岬を犯罪者にしてしまったのは紛れもない僕で、ああ、僕は被害者だけど被害者じゃない。
岬は僕と出会った事を後悔しているのか。そりゃそうか、僕さえいなければ岬は全てを失うことはなかったのだから。
岬に恋愛感情こそなかったものの、何らかの情は確かにあった。僕を無条件に甘やかしてくれる岬を僕は酷く信頼していたし慕ってもいた。
『恭介くんは綺麗だよ』
そう言って何食わぬ顔で歯の浮くような言葉を僕にくれた。優しくされるのを期待しているくせに優しくしないでと我儘を言う僕に、僕がしたいからするんだよ、と全てを包み込むように許してくれた。それなのに僕はあの人から何もかもを奪ってしまったのだ。
溢れるのは自分への嫌悪感。僕には岬を恨む事などできない。そもそも僕にはその資格がないと思う。
「…そろそろ起きろよな」
夢を見ているのか微妙なところで誰かが入ってくる気配がした。僕のすぐ側まで来て拗ねたような声が聞こえる。その声の主を間違うはずもなくて、ああやっぱり僕まだ夢見ているのかも、と。
そっと頭を撫でられた気がして僕は重い瞼を開けた。その手をたどるように視線を上げると少し疲れた顔をした晴が居た。
「は…る…?」
「…おはよ、きょーすけ」
愛しい声に目頭がじんと熱くなった。目の前に晴がいる、夢でも幻でもなかった。嬉しいのにそれと同時に酷く怖くなった。晴の目に僕はどう映っているのだろう。その視線には何が込められているのだろう。不倫相手の男に監禁され、レイプされて、そんな僕を一体どんな風に思うのだろう。
「お前寝過ぎ!もう起きねえんじゃねえかってすげー焦ったわ」
側に置いてある椅子を引き寄せ晴は腰を下ろした。穏やかな笑みを浮かべて僕を見る。そんな目で見ないで欲しい。だって、僕はもうどうしようもないくらい汚れてしまっていて、醜くて、だから、見ないで。
「昨日の夜運ばれて来て、もう翌日の夕方。ほんとよく寝たよお前」
晴の大きな手が伸びてきて僕の頭をまたぽんぽんと撫でた。いちいちその動作にびくりと反応してしまう。僕は堪らなくなってまた布団に顔を埋めた。
暫くの沈黙が続いて晴の様子が気になって僕は目だけを布団から出してちらりと晴を盗み見た。
晴は俯くようにして自らの手元に視線を落としていて、後ろの窓から差し込む夕日の所為もあってその表情は伺えなかった。
「お前に、もう会わないって言われて」
ぽつりと呟いた晴が顔を上げるのに気付いて僕は慌ててまた布団を頭から被った。晴の声は柔らかくでもどこかいつもより元気の無いようなそんな印象を受けた。
「いろいろ考えたんだけどさ」
晴の声が昔から好きだった。何も考えてない時のだるそうな間延びした声も、少し高くなる笑い声も、真剣な時の少し低い声も、僕を抱く時の甘く掠れた声も。その僕が大好きな声で紡がれる言葉はいつだって良くも悪くも僕の心を乱すから、余計怖い。
僕は少し布団から顔を出し、そっと晴を見詰めた。ぱちりと合ったその目は酷く穏やかでどうしようもなく泣きたくなった。
「やっぱ俺お前と一緒にいたいよ」
予想外な言葉に一瞬思考がフリーズする。
ただ単純に喜んでいる自分がいる反面、その言葉は僕を複雑な心境にさせた。
「一緒にって…なに」
僕だって晴と一緒に居たかった。でもこれ以上晴を巻き込みたく無いから会わないと言ったし、尚更もう晴と一緒には居られない。岬のように僕は晴を壊してしまうかもしれない。僕が晴から奪っていいものなんかなに一つないのだ。そんなの絶対に駄目だ。
「一緒にって…友達に戻ろうみたいな、やっぱりセフレは続行しようぜみたいな、そういうこと?」
一緒にいたいって言われても僕は無理だ。僕はずっと晴が好きだったんだ、どうしようもないのだ。晴のことばかりずっとずっと考えて、苦しくて、やっぱり友達に戻ろうなんてことになっても僕は到底耐えられそうにない。何故か苛立ちが募って僕は一気にまくし立てた。
「そういうことじゃなくて!俺は…っ!」
「晴が良くても僕は無理だよ」
優しい晴。どうして僕なんかを助けに来たんだよ。そんな優しい視線向けるのもやめて。
僕の事、みないで。
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