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針が煩い
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「晴が良くても僕は無理だよ」
体を起こして恭介はそう言って、俺を捉えている瞳が微かに揺れれば直ぐに長い睫毛を伏せてしまった。
勿論、今まで通りに戻ろうとか、そういう事が言いたいのではないのだ。でも実際自分自身の気持ちが定まっていなくてどうしたいのか分からない。
それでもこんな簡単に関係を途切れさせるのはどうしても嫌だ。
全てを水に流そうなんて都合の良いことは思っていないし、でも全てを受け止めたい。恭介がゲイだということも不倫をしていたことも、勿論この事件も。そして俺の恭介に対する気持ちについても、だ。
「俺お前の事、放っておけねえんだよ、これで終わらせたくない」
でもこんな気持ちどうやったら伝わる?何て言葉にしたらいい。こんな安っぽい言葉では伝えられそうもないのだ。
「…ねえ晴はさ、どういうつもりなの…」
恭介の震えた声が涙を混じらせて響いた。弱々しい手で自らの髪を掻き、落ち着かせるように小さく息を吐きながら言ったその問いに、俺は直ぐに返事を返すことがてきないでいた。
「…僕は男が好きなんだよ…?男の人しか好きになれない、」
「それは前、聞いたけど」
「そう、言った。…こういうのってさきっかけもあるもんなんだよ、晴には分かんないかもしんないけど、」
「でもそれは…!俺別にお前がゲイだって気にしねえよ、そりゃちょっとはびっくりしたけど」
「気にしないとか…そういうことじゃないって、僕は無理だもん、無理だよ、そんなの」
恭介は何か誤魔化すように笑ってみせるけれど、それはやはり涙声で俺は必死で恭介のその言葉に隠された意図を拾い集めようとするばかりだった。力なく笑う様子は壊れそうで痛々しい。
「なんだよ無理って…!俺はそういうの別にきもいとか思わねえしお前はお前だろ?それに今までだって…」
「今までだって、何?」
「いや…、ほら、俺だってお前となら寝れたっつうかほんとに偏見とかねえし、ただ俺が、」
そこまで言いかけてはっとした。まずい、喋れば喋るほど何が言いたいのかうまく伝えられない気がして苛立つ。さっきまで俯いていた恭介が俺を見て憂いを帯びた瞳にまっすぐ見詰められた。薄い涙の膜を張った瞳から目が離せなくて、俺はただただ恭介を見つめるだけだった。
「…僕は、晴がうちに来て、キスされるのも、抱かれるのも全部つらかったよ。晴が隣で寝てるのも朝になったら帰っていくのも全部、つらかった。」
「…つらい?」
「でもそれ以上に名前呼ばれたり、心配されたり、優しくされたりするのが、ほんとにほんとにつらかった。今もそう、」
「…それは俺が嫌だった、からって事か?」
また恭介は力なく笑って眉を垂れさせ首を横に振った。微かに歪む唇を恭介は噛み締め、今にも泣き出しそうな顔で続けた。
「…僕はずっと晴のこと好きだったから」
カチ、カチ、という壁の時計の秒針の音がやけに耳についた。今まで特に気にもとめていなかったのに何故今更。頭の中で響いて、ただ目の前の恭介の泣きそうな表情をぼんやりと視界に写していた。
「だから、やっぱり一緒には居られないよ」
窓から差し込むオレンジと恭介の瞳の中の深い悲しみの色と、無機質な時計の針の音とが、不協和音のように俺の心の中を乱して、馬鹿みたいに俺は恭介の瞳を見つめ返すことしかできなかった。
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