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俺にとっての
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「晴は暇潰しか興味半分か、それくらいにしか思ってなかったかもしれないけど、僕にとってはあの一回一回がさ、」
恭介の眉間にはっきりと皺が寄りその表情を苦しげに歪ませた。言葉を一つ一つ選ぶような恭介の辿々しくもある言葉の先を待つ。
「…とにかく僕は晴とは違う。親友のふりしてさ、ずっと晴を好きだったんだよ、晴の事ずっとそういう風に見てた。…気持ち悪いよ、こんなの」
「そんなこと…!」
恭介が俺を好きだったという事実は嫌悪感どころか、想像以上に俺の中にすとんと落ちてきて、それなのに恭介は俺を見ようとしない。固く握り締めた拳に視線を落とし、少し語気を荒げてまくし立てた。
「…とにかく!お願いだからもう、その気がないなら優しくしないで、僕馬鹿だから期待しちゃうんだって。いちいち喜んだり悲しんだり…もうしんどい」
「待てよ恭介、俺はっ、」
「…片思いでもいいって、側に居れるならって、ずっと思ってたよ。だけどそれじゃ駄目なんだ。どうしたって見返りが欲しくなって」
顔を上げた恭介の瞳にはみるみるうちに涙が溜まり、濡れた睫毛が瞬きの度に儚げに揺れた。零れそうで溢れない涙の粒が瞳の淵を彩る。
「…僕のことなんてもう忘れて。晴は晴の道を生きて。男と寝たなんて、若気の至りってことにしてさ、普通の幸せを掴んでよ」
淵を赤く染めた瞳と対峙して俺は唇を噛み締めた。なんだかその目を見ていられなくて視線を逸らしたが余計気まずくなって重苦しい沈黙が流れる。
普通の幸せってなんだ。
俺にとっての普通の幸せを得るために恭介との関係を絶つ必要があるというのか?
そんなの違う。
反論しようとしたところでコンコンとドアをノックする音がなり、女性の看護師が入って来た。
「井上さん、警察の方がいらしてます。…他の方は病室から出るようにと」
看護師は恭介から俺に視線を移しなぜか申し訳なさそうに告げた。恭介は顔を隠すうに俯いて小さく呟いた。
「…迷惑かけてごめん、もう、来ないで欲しい」
そのあと恭介が俺を見ることはなくて、大人しく俺は病室を後にした。数人の警察官とすれ違ってほんの少し俺は立ち止まったけれど、言いようのない遣る瀬無さに打ち拉がれた。
「…忘れろってか」
外にでた瞬間蒸し暑い空気に包まれた。電子掲示板にながれるニュースに足を止める人は無くて交差点を大量の人が行き交う。勿論流れるのは恭介の監禁事件のニュースである。
「警察は心身の状態を見て被害者の男性にも事情を聞くとし…」
空虚なまま歩くと人とぶつかりそうになる。手元の携帯電話から顔を上げ露骨に鬱陶しそうな視線を向けられるがそんなのどうでもよかった。頭の中で恭介の言葉が何度もループする。ああ言われても尚恭介と関係を絶つなんて選択肢が俺には皆無で、我ながらどこからの自信なのかと笑ってしまう。
*
「もしもし、久し振り」
『あら晴、どうしたの。電話なんて珍しい』
「いや、別に大したことじゃないんだけどさ。俺、幼馴染いたじゃん。名前とか覚えてたりする?」
『幼馴染って…あの、小さい時の?』
「そう、ガキん時に引っ越していった」
『勿論、覚えてるわよ、きょうちゃんでしょ。井上恭介くん。きょうちゃんがどうかした?』
「…ん、別になんでもないけどさ。ちょっと気になって」
『ふうん?何でもいいけどお母さんびっくりしちゃった。…あれから一度でも晴がきょうちゃんの話したことあった?』
「…俺あいつのこと忘れたつもりになってただけだった。昔から何も変わんねえよ、あいつのこと、大事なんだ。わけわかんねえくらい」
『…そうね、晴はきょうちゃんの事が大好きだったからね』
人は、この大事にしたいとか守りたいとかいう得体の知れない大きな気持ちを「愛しい」と言うのかもしれない。
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