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独白
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「いい大人なんだし、そろそろ喋ってくださいよ。ねえ、登坂さん?」
狭苦しい取調室。冷たい簡素な小さめのテーブルを隔てて向かいに座っている刑事の、何か汚いものを見るかのような視線を浴びるのも今日で何日目だろうか。
私は(これは独白なので一人称を私とさせてもらおう。格好付けたいのだ。)その刑事を一瞥しゆらりと扉の方へ視線を移した。別の刑事が入って来て、振り向いた向かいの刑事に目配せする。呆れたようにため息を吐いた。
「本当何考えてんのかわっけわかんねえよ、あんた。綺麗な顔からは想像もつかねえな。あんな大学生の男の子をねえ。」
「まあ確かに綺麗な子でしたけどね」
後輩らしき刑事がそう言うと、向かいの刑事はうーんと唸ってみせた。それはそうだけど、と。
そう、彼は綺麗なのだ。
「弁護士を、お願いします」
私の独白は翌日から始まった。
「私は今まで父親の言いなりで生きて来ました。進学、就職、結婚、人生において節目節目の決定は今時珍しいくらいに、父親の言うままでした。」
父親の操り人形。それが1番私にふさわしい。
なにも反論せず親の敷いたレールの上を歩く事に最初は抵抗はなかったものの、自分が大人になり働き出すようになってからは一変した。違和感が拭えないのだ。
若いうちから出世し重役に就いたなんて聞こえは良いが端的に言えばただの父親の駒だ。コネだのなんだの陰口を叩かれる事も勿論あるし、口止めの必要もないので姑息な手を使って商談を取り付ける事もある。妻も、重要な取引先のご令嬢なのだから。
良いポストに就いているとは言え駆り出されるのはそういった裏の取引や接待ばかりだった。
『お前は出来の良い息子だ。わかるよな?』
毎日毎日、窮屈だった。
同じ日々の繰り返し、華やかな生活の裏の空虚さ、そして何より、意思の無い自分への嫌悪感。
家に帰って寝床につく時、目を閉じて1日を思い返すのだ。これが俺の仕事なのだと言い聞かせるそんな生活。大きな新築の自宅、美人の妻、可愛い娘、そしてよき夫、よき父である自分。延々と続く日常こそ自分で敷いたレールではないのは明確だった。
その日も取引先の男と所謂接待で、飲み屋を何件も連れまわされた。酔いがすっかり回った頃に最後にどうしてもと連れていかれたのは会員制のバーだった。中に入った瞬間、まずい所へ来てしまったのかも、とは思った。
酔い潰れた取引先は勝手にカウンターでいびきを立て始めどうしたものかと慌てていると、感じの良いマスターが私に笑顔を向けた。
「タクシー、呼んでおきますね。慣れないでしょうけどよかったら一杯飲んで行ってください」
「あ、私は付き添いで来ただけなので、」
丁重に断ろうとする私をやんわりと遮って目の前に差し出された美しい色のカクテルは、とても飲み易く今まで飲んだ事の無い程美味い酒だと思った。
マスターがその酔い潰れた取引先をタクシーまで運んでくれるというのでお言葉に甘える事にした私はカクテルをちびちびと飲みながら改めて周囲を観察する。勿論男性客しかいない店内は親密な中にどこか怪しい空気が漂っている感じがした。
その時、ふと目に付いた少年。
最初はこんな若い子も居るのか、と。それでもはっとするほど綺麗な横顔につい見惚れてしまっていたのは確かだ。向こう側のカウンターの端でグラスを傾けながら儚げに佇んでいる彼は、女性のように線の細い、どこか危うい印象を受けた。
私は人生で、ナンパというものをした事がない。
女に困ったことはないから、というのもあるが実際恋愛をしたところで結局は父親の決めた相手と結婚するのだから、と内心諦めていた部分もある。まあ面倒だったのだ。
そんな私が迷う事なく美しいカクテルを片手に席を立ち、彼の隣に座った。
ゆっくりと私を見上げた彼はやはり息を飲む程美しくて
________________ 天使だと思った。
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