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溢れ出すから
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「…もう平気、ごめん」
どれくらいの間泣き倒したのか分からない。泣き止んでふと我に返るとこの抱き締められている状況が急に恥ずかしく感じた。そっと晴の胸を押すとお互いの体が離れ、ほんの少し気まずくて視線を彷徨わせた僕たちは、またどちらからともなく相手の様子を伺った。
時の流れがひどくゆっくりに感じるのはどうしてだろう。
「…俺お前に謝りたい事も話したい事もいっぱいあって、それなのに気持ちの整理ついたのは本当に最近でさ。…あの時あんな風にお前の部屋出てった事、凄い後悔してる」
あの時、晴は僕を乱暴に抱いた。あの感触、声、温もりがうまく思い出せないのはあの後狂ったように岬に抱き潰されたせいだ。
ふと今まで置かれていた自分の状況を思い出してうんざりした。ほらやっぱり、きっと一生ついて回る。何をしていても、誰と居ても、記憶に刻まれたあの事実は消えてはくれないだろう。
「…やめて、その話、なんか嫌だ」
落ち着いた筈なのに呼吸が乱れて仕方ない。「あの日」というワードに生々しい記憶がよみがえるのだ。
あの辱めを受けていたのは自分でないように思い込もうとしていた。ずっとそうして現実逃避して何とか過ごしていた分実際受け止めるには苦しいものがある。
思い出したくない。あれは僕の記憶?手首が凄く痛かったんだ、金属が冷たくて、喉が枯れて、体が痛くて__________
「聞いてほしい、ちゃんと」
晴がまた僕の手を強く握ってはっとした。目の前に居るのは晴だ。
「つらいよな、まだ少ししか時間経ってないのに余計混乱させて。…でも聞いて欲しい。言わなきゃいけねえんだよ、いつも言葉が足りてないからこんなに遠回りしたんだ」
僕は一度瞼を閉じてゆっくり息を吸い込んだ。ゆっくりと息を吐くとほんの少し落ち着ける気がして僕は空いた手を握り締める。こうしていないと何かに押し潰されてしまいそうだった。
暫くの沈黙の後、晴は手元に視線を下ろしてぽつりと呟いた。
「…ほんとはさっきも好きとか、言いたくなかった。そんな薄っぺらいもんじゃねえから」
一つ一つ言葉を選ぶように話す晴はいつになく真剣で僕はその様子をちらりと伺うことしかできない。緊張してじわりと背中に汗が滲むような感じがした。
「…好きとか、愛してるとかそんな感傷的なもんじゃねえんだよ。だってそういうのって、どうしても時が経てば忘れちまうじゃん。なんていうか一時的っていうか」
晴がもどかしそうに髪をかくから、なんだか心が痛む。何かを伝えようとしてくれている。その言葉の先が僕であることを素直に喜びたいのだけれど。
「そんなんじゃねえんだよ、もっと、もっと、深くて無意識っつうか、どうしようもねえんだよ、今更何言ってんだって思うだろうけど」
僕は少し頷いて、晴を見詰めた。
晴は視線を上げてしっかりと僕をその視界に捉え軽く咳払いをした。
「俺はお前を俺だけのものにしたい。…やっとわかった」
俺だけのもの、という言葉が頭の中で反芻して理解するのに馬鹿みたいに時間がかかる。晴だけのもの、晴だけの、僕__________
「…俺お前の事全部知ってる気でいた。昔から何もかも知ってるって思っててお前に一番近いのも俺だって」
なんだか頭がぼーっとする。この空間に居るのは紛れもなく僕なのに、僕と晴の二人だけなのに、その紡がれる言葉が本当に僕に向けられているものなのか実感が湧かないのだ。
「だから俺の知らないお前が居るって知った時凄いショック受けた。なんでかわかんねえけど、無性に腹が立って仕方なかった」
僕は晴を見つめる。何故か視界がじわじわと歪んできて晴の綺麗な顔が滲んでいく。ちゃんと晴を見ておかないとと思うのに、せっかくこんなに近くに居るのに、とそんなふうにすら思う。実感が湧かないのだ。
「お前が他の男に抱かれてるって思ったら、女と付き合ってるって言われるよりも全然嫌で、どうしようもなくなって、頭に血が上ってそのままお前に、…ひどいことをした」
晴はあの日のセックスを後悔しているんだ。そんな気に病むことはないのに、と漠然と思う。僕はどうしようもない。僕の感情は一体どこにあるんだろう。でもただ一つ確かなこと、その感情の全て、晴が与えてくれるものなら平気だと思えること。
「…ってそれだけじゃねえよな、お前に謝んねえといけないこと他にもたくさんあるのに」
どうしよう、頭が追いつかない。
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