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確信はない
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僕が祖父母のところに引っ越した時、一つだけ大切に持っていったものがある。トラックに入れたリュックに詰めてしまいなさいと言われても絶対に離さなかった。大切に抱き締めていたもの。
色画用紙にクレヨンで書かれた、「ずっといっしょだよ」という文字と2人の似顔絵。お世辞にも綺麗とは言えないその不恰好な文字を見ればいつでも元気になれた。知らない土地で僕が僕で居られたのはそれがあったからだ。
でも肝心のことは忘れてしまっていて、これが一体誰がくれたものなのかとか、いつどんなふうに貰ったのかとか、靄がかかったように思い出せずにいたのだ。
晴に手を握られた瞬間にどっとその感覚を思い出した。酷く懐かしく感じたし胸を掴まれたように苦しくなった。引越しのトラックに乗る前、僕の手を握った人。泣きじゃくりながら僕の名前を呼んでくれた人。もう会うことは無いのだからと、記憶の隅へ追いやってしまった人。
「わかんない、わかんないよ」
だからそれがなんだと言うのだ。本当にあの幼馴染が晴だったとしてそれが今の僕らに何か影響するのか?晴の気持ちが僕のものになる?
この数年の間に僕はこんなになってしまった。もう僕はあの頃の綺麗な僕ではないのだから、もう別人みたいなものだから、その事実と今の状況とが結び付かない。
「…だよな、だけど俺お前じゃないと駄目だから」
「いや、待ってよ、待って、何言ってるの?だって晴は今まで女の子と何人も、」
「そうだな。いろんな子と付き合ったし、抱き締めたしキスしたしそれ以上の事も」
紡がれる言葉が苦しくて僕は俯いた。この状況から逃げ出したい。もういっぱいいっぱいで冷静に考えることなんてできそうもない。
「…だけど何も感じない。ドキドキもしないし特別嬉しくもない。なのにお前とは」
俯いた顔を顎を掬われればまた晴の真っ直ぐな瞳と対峙させられた。僕は一体どんな顔をしているだろう。吸い込まれるような瞳は僕と違ってどこまでも綺麗に見える。
「お前とこうやってるとドキドキどころかそんなの通り越して、胸が苦しくなる」
おもむろに僕の手を掴んでそのまま晴は自らの左胸へと導いた。ドクンドクンと手のひらに伝わる鼓動に僕はまた泣きそうになる。僕と同じくらい大きく音を立てているのだ。それなのに歯の浮くようなこの台詞の数々が全て僕に向けられていることの現実味がなさ過ぎる。僕はまだ夢を見ていたりしないだろうか。
「…そんなの狡いよ晴。遅いよ、僕もうこんなになっちゃった、」
ブウウンと車のエンジンの音が聞こえて少し怖くなった。岬のレクサスの音に似ていたから。
僕はそっと晴の胸から手を離し自分の肩を抱いた。あの時軽く切りつけられた首の傷が痛んだ気がした。
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