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午後18時
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「先生!雑誌、みましたよ!これこれ、日本を代表する名医特集!」
嬉しそうに話すのはクリニックで働いている女性看護師。何故か得意げに広げた雑誌には難しい顔をした医者の中に自分の写真もあった。
「この歳で僕も老害の仲間入りか」
ふっと嘲笑気味に言うと彼女は何言ってるんですか!と少し鼻の穴を膨らませて続けた。
「先生はまだお若いですし、ほらここにも書いてあるじゃないですか!イケメンカウンセラーの顔をもつ、若き天才ドクターって!」
天才心理学者 エリート精神科医 イケメンカウンセラー 若くして大学教授 若くしてクリニックを開業した色男________どれも僕を形容するために用いられた言葉だ。
「どう考えても持ち上げ過ぎだよ。…ああそうだ、今日はこの後お客さんが来るんだ」
「そうなんですね、じゃあお邪魔にならないうちに失礼しますね」
僕が医者になったのは他でもない。勉強が良くできたからだ。官僚の父と嫁いで来たいい所のご令嬢だった母との間に生まれ、小さい頃から厳しく育てられた訳だけれど。まあよくある話なので取り立てて言う事はない。
賢いなら医者になれ!そう言われるがまま医学部に入って、血を見なくて済むだろうと精神科医になった。あれよあれよと流れに任せているうちに辿り着いたポストである。
「気付けばもう40超えたオッサンだよ」
ブラインドをほんの少しだけ上げると二人の若者が寄り添うように歩いて来るのが見える。僕はまたふっと小さく笑ってここへやってくる客人を待ち受けた。
「先生、俺です」
カウンセリングルームの扉をノックする音と共に聞き慣れた、若い声が聞こえた。生徒の顔や名前を覚える事なんてめったに無いのだが、何故かこんな見知った仲になってしまった彼は夏目晴という。背の高い顔の整った男だ。
「やあ、夏目晴くん。それに、井上恭介くんも。」
後から続いて入って来たのは井上恭介くん。例の事件の被害者である彼は_________そうだな、想像していたより悪くない、彼を見舞った日よりは随分顔色が良くなっていた。
二人ともどこか緊張しているのか硬い表情だ。きゅっと唇を噛み締めて何か言いたげな表情を浮かべる二人の青年をまあまあ座りなさいよ、とソファーへ促した。
時刻は午後18時30分くらいか。
「______さあ、やっと学会も出張もひと段落ついて暇になったところなんだ。来てくれて嬉しいよ。あ、お茶でも飲む?」
相変わらず固まったままの恭介くんと夏目晴とを交互に見ながらにこりと笑ってみせる。えっと、と口ごもる恭介くんを見兼ねてか夏目晴が口を開いた。
「今日はいろいろ話したいことがあって来たんです。…な、恭介」
「あ、はい。…その、今回は本当にご迷惑おかけしました。忙しいのにいろいろ、僕のためにしてくれたって晴から聞いて、お礼を言いたかったのと謝りたかったのと、」
落ち着かないのか膝の上でぎゅっと自分の手を握り締めながらおずおずと口を開いた恭介くんが、言葉を1つ1つ選ぶように話す。時折夏目晴に不安げに視線を投げて、それに応えるように夏目晴が黙って頷く。
そんな二人の様子を見ると僕は_________なんだか胸がざわつくのだ。
「…君を助けたのはそこにいる夏目晴くんだからね。体調はもういいのかい?」
そう尋ねると少し表情を緩めて頷いた。そんな彼の表情と、重なる、僕の記憶の中の人物。
「…でも1つ気になるんです、どうして、僕の事助けてくれたんですか?」
でも少し違うか、あいつはこの子よりももっと__________
「そりゃあ、大切な教え子のお友達で、しかも行けつけのバーのバイト君なら助けるに決まってるだろう?」
うっかり自分の頭の中の思考に意識を持っていかれそうになるが意識して笑顔を浮かべて答えると、夏目晴がじとーっとした目で言い返してくる。
「見え透いた嘘はいいですって。教え子のためなら!みたいなタイプじゃないでしょうが。…そもそも気になってたんです、なんで親身になってくれたのかとか、やけに首突っ込んでくるなとか」
「やだなーお礼言いに来たのか悪口言いに来たのかどっち?」
ひらひらと手を振ってみせるとさらにむっつりとした表情で夏目晴が態とらしく僕を睨むような視線を投げた。
「前の一件だって忘れたとは言わせませんよ」
「ちょっと晴、あれは僕から行ったんだよ」
前の一件、というのは事件の起こる前、恭介くんがうちのクリニックに来た時の事だ。まあ勿論未遂に終わったのだけれど。
「やだやだ、好きな子にあんな噛み跡いくつも残すような君にそんな目で見られたくないね」
そう言うと案の定怒り出した夏目晴と慌てる恭介くんを他所に僕はまた昔のことを思い出していた。僕にもこの子たちと同じくらい若い時があった、なんて。
「強いて言うなら、似てたからかな」
「似てた?…唐突すぎて話が見えないんすけど」
「僕と似てたから、つい放っておけなかった。君たちのこと」
長年思い出したりすることもそれに苦しむことも無かった。昔の記憶に縛られていると言うわけでもない。それなのに想いを馳せるとこんなに鮮明に思い浮かぶあの日の、情景、感情、温度。
「恭介と、先生が?」
「いいや違う、________僕と、君が」
「俺?」
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