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5月頃
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僕は正直他人が嫌いだった。他人というか僕以外の人間が嫌いだった。精神科の医者が笑わせるなと思うだろうが僕だって人間だ。もっとも患者と関わるくらい、仕事だと思えば大したことではない。
僕の人間嫌いは今思えば多分、家庭環境によるものだろうと思う。父も母もみんな嫌いだった。何かにつけて命令口調で、勉強や運動(その他諸々)が他人よりも出来て当たり前、を求めてくる高圧的な両親には嫌気がさしたが、家族はこういうものと割り切っていた。あんな家庭に安らぎや団欒を求める方が馬鹿なのだ。
つまり僕は人が嫌い。つまり僕は僕以外に興味が無い。あるとすれば僕よりも優れている人_______恩師とか。
特に周りの友人や同僚なんてものには微塵も興味が無いのである。どこで何をしてようが、困っていようが、訳のわからない患者に馬乗りになられていようが…
________ の筈だったのだが。
「大した事ではないよ」
瀬名はまた弱々しく笑う。その笑顔を見ると何故か苛立ちに似た感覚がするから不思議だ。
「大した事かどうかは自分で決める。いいから話して」
それから僕はあろうことか貴重な昼休憩を潰して瀬名の話に耳を傾けたのだった。
「…彼女は旦那さんからの家庭内暴力で悩んでるんだ。見た感じは普通なんだけど、見えない所に傷がたくさんあって、」
よくある話じゃないか、と思った。
「あんまり酷いからつい僕が旦那さんと別れた方がいいって一方的に言っちゃって、旦那さんの事を悪く言ってしまったんだ」
「………それで、あんなに怒り狂うのか?そもそも旦那に酷いことされてるなら、そんな事で怒る必要が?」
「彼女は旦那さんを愛してるんだ」
あんなに酷いことをされてもね、と瀬名は付け加えた。女は旦那の暴力が原因で流産した事もあるらしい。周りがどれだけ離婚させようとしても女はそれでも別れたくないらしい。どんなに酷いことをされても愛しているから、と。
見兼ねた女の両親が娘はおかしくなってしまった、どうか助けて欲しいと半ば強引にこのクリニックに連れて来たという。
何が分かるのよ!という女の金切り声をふと思い出してなるほど、と思った。厄介だとも思うが本人がそれでいいならいいじゃないか。愛する人に殴られるなら本望というとこだろう?僕には理解できないけれど。
瀬名も瀬名で適当に話を聞いてウンウンと合わせてやればいいのに。きっとこいつの事だから親身になって言ったんだろう。
「……傷だらけの彼女を見て、つい貴方の旦那さんは間違っているって言ったんです」
はあ、とため息をついて先程よりも重たい口振りで瀬名は呟いた。ちらりと見やると瀬名は俯いていてその表情は伺えない。
「確かに僕は、何も分かってあげられてないんだろうなあ」
悲しげに揺れた睫毛を僕は見ていた。
確か新緑の眩しい、5月頃だった。
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