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開けられない
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「お疲れ様、」
手渡された缶コーヒーをじっと見つめているとなんで受け取らないのとクスクスと笑う声がする。視線をあげるとにこりと笑う瀬名がいて、僕は黙ってそれを受け取った。
瀬名は缶コーヒーのプルタブを開けるのが酷く下手くそだった。こんなに不器用な奴居るのかと疑う程だ。
自分の缶コーヒーのプルタブをなかなか開けられず苦戦している様子に僕はまた苛立つ。だから僕はそれを奪い取って、また必要以上に、自分から他人に______瀬名に関わってしまう。
「疲れてるのは瀬名の方だろう、…貸して」
プシュッと缶が開く音と、感嘆したような瀬名の声。そのまま突きかえすと彼は両手でそれを受け取った。
「……田崎くんってさ、優しいよね」
事ある毎に瀬名は僕にそう言った。
純粋な笑顔にまた僕は苛ついて、苛つく理由が自分でも分からなくて、瀬名の顔をちらりと盗み見た。笑っているのにいつもどこか疲れの滲んだ瀬名の顔がやけに脳裏にこびりついた。
瀬名の仕事ぶりは相変わらずで、それに伴うように瀬名はやつれていった。
「分かってるんだー、僕この仕事向いてない」
田崎君もそう思うでしょと言った瀬名に僕は何と返しただろう。まあ、とか、そうだな、とか言ったかもしれない。何にしても瀬名はまたあの儚げな笑顔を見せるのだ。
瀬名はいつでも誰に対しても親身だった。一緒に悩み、必死で相手を理解しようとしていた。時には一緒になって泣いていたこともある。無力だと嘆いていた瀬名を知っている。理不尽に逆上されて酷く怒鳴りつけられた後も、患者さんが僕に怒りをぶつけて気が済むのならいいのだと。
瀬名は人の痛みを理解しすぎる。
「…自分までやつれてしまってどうするんだよ」
僕がそう言うと瀬名は何も言わずに力無く笑ってみせた。
「どうしてそこまで…!他人の為に自分の精神擦り減らしてまで、馬鹿じゃないのか」
弱っていく瀬名を見ていられなかった。もっと上手くやればいいのに、どうして要領良くできないんだよ。お前はカウンセラーで、ここは職場で、仕事としてある程度は線を引いていないと身が持たない。冗談じゃない、このままじゃ__________
「カウンセラーのお前が鬱になってどうする」
___________ 瀬名という人間に出会って、僕は少しおかしくなってしまったらしい。
「やっぱり田崎君は優しいよ」
思わず抱き締めた腕の中で瀬名はぽつりとそう呟いた。そして僕はまた胸の内に得体の知れない苛立ちを募らせて同時にその壊れそうな瀬名をどうにかしてやりたいと、思うようになった。
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