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離れたところで水の流れる音を聞きながら、どうしてこうなった?と自問自答を繰り返す。
そろそろ夕飯の準備をすると立ち上がったのは、桜さんではなくリカちゃんだった。
初めからそれが当然のように、俺以外の誰も反応することはなく、自然な流れでキッチンへとリカちゃんは消える。
残されたのは父と母と次男と、なぜか俺。リカちゃんという防護壁を失った俺は3人とテーブルを囲む。
こんな状況で拓海の言っていた作戦を遂行するのは不可能に近い。
1人で全員分の夕飯を作らなきゃいけないリカちゃんは、話に入ってくることはなかった。時々相槌をうつ程度で、会話のほとんどはお父さんが喋っている。
「ところで歩と天使ちゃんは同じ大学なんだよね?友達はできたかい?」
「別に」
歩に冷たく返されたお父さんが俺を向く。ここぞとばかりに出たその話題に、俺は生唾を飲んだ後、少しだけ大きめの声で答えた。
「俺はできた。関西弁の派手なやつと、あともう1人!」
もう1人というフレーズにリカちゃんの手が一瞬だけ止まった。なぜなら、俺は幸の話はしたけどソイツの話はしていないからだ。
というよりも、俺の言った『もう1人』っていうのは彼女との倦怠期が……って相談してきたやつで、本当は友達なんかじゃないけど。
あれ以来話してもない、名前も知らない男だ。
けれど、このチャンスを逃してなるものかと言葉を続ける。
「意外と話してみるといいやつで。今度そいつのサークルに参加しようかと思ってて」
口から出るのは、全部拓海から教えてもらった内容だ。
リカちゃんの知らないやつの話をして、リカちゃんの知らないやつと遊びに行くんだって言ってみる。
今までのリカちゃんなら、機嫌が悪くなってくれるはず。
それなのに、リカちゃんは何も言うことなく作業を続ける。チラリと盗み見たその顔は、普通。
いつも通りの綺麗な顔で、怒りも不満も見受けられない。逆に俺の方が不満だ。
「お前、幸以外に話すやついんの?」
訊ねてきた歩に俺は頷き、名前も知らない男のことを話す。途中から自分が何を言ってるかわからなくなって、最後はほぼ妄想の話になってしまった。
楽しみだって何回言ったかわからにぐらい興奮して話す俺に、リカちゃんはどう思っただろうか。少しは不安になってくれただろうか。
もう一度恐る恐るキッチンを見た。
そこには、支度が落ち着いたのか、換気扇の下でタバコを吸っているリカちゃんがいる。指に挟んだそれを少しだけ掲げ、昇っていく煙を見つめていた黒い瞳が俺を見た。
ゆっくりと目尻が垂れる。とろん、と甘さが増した黒が俺を映して嬉しそうに微笑んだ。
どうして、だろう。
自分の知らない話を楽しそうに話す俺を見て、どうして笑えるんだろう。
サークルの集まりに行くなんて俺らしくないのに、どうして怒らないんだろう。
「慧君」
リカちゃんが俺を呼んで、ほっと安心する。みんなの前じゃ言えないから隠れて「駄目」って言ってくれるんだと思った。
けれど違った。
「悪いけどグラス洗うから下げてくれる?」
「あ、ああ……うん」
「危ないからちゃんと前見ろよ、ウサギちゃん」
そうやってシンクに2人になっても何も言わない。
リカちゃんは「仲いいって誰?」とも「サークルって何?」とも言わなければ、「そんなの行っちゃ駄目」だなんて口にもしない。
ただ笑って俺を見ているだけだ。
その後みんなで食べたリカちゃんの手料理は、いつもと変わらず美味しいはずなのに全く味がしなかった。
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