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たった一言。
たった一言で場の空気をぶっ壊したリカちゃんは、1人で笑っている。自分の腕を掴んでいた酔っ払い女を退かせ、それでも手を伸ばすそいつを無視して立ち上がった。
「慧君、ちょっと来て」
リカちゃんが手招きするのは俺だ。高校生の時によく見た『爽やかリカちゃん先生』の笑顔で俺を呼び、優しく声をかけてくる。
最高の獲物を失った女たちからの視線が痛く、俺は俯くしか出来ない。
嫌だと断るのも言い辛く、おとなしくリカちゃんの後ろを歩いて行く。
2人とも黙ったまま通路を歩き、店の奥にあるトイレまで連れて来られた。トイレに呼び出しなんて、高校生の時にもされたことないのに大学生になってされるとは、思わなかった。
「入って」
リカちゃんが顎で指すのは、もちろんトイレの中。そこには手洗い場が見えて奥の個室へと続く。
「早く入って」
そう言うリカちゃんの声は固い。こんなとこ連れ込まれたら、確実に怒られることは目に見えている。
「い、やだ。俺もう戻る」
首を振って断ればリカの目が細まる。
もう1度、トイレを見たリカちゃんが視線を俺に戻した。
「入れって言ってんだけど」
「やだ。入りたくない」
「お前、誰に向かって言ってるかわかってる?」
強引に俺を押し込んだリカちゃんは、自分も中へと入り鍵を締めた。狭いトイレに男2人……ここは男女別でもなければ、個室が何個もあるわけじゃない。
店にある唯一のトイレで、どうしてリカちゃんと2人きりになるのかなんて考える必要もない。
「さて、説明してもらおうか」
俺を壁に押し付け、両脇に手をついたリカちゃんが見下ろしてくる。そこには、さっきまでのにこやかな雰囲気はない。
あるのは絶対零度の眼差しだけだ。
「なにこの馬鹿げた状況。お前は何がしたいわけ?」
目の前で詰め寄ってくるのは、恐ろしく整った顔を恐ろしく冷ややかに凍らせ、恐ろしく冷静に訊ねてくる獅子原理佳だ。さっきまでの爽やかイケメン牛島理佳ではない。
迫りくるリカちゃんから逃れようと、なんとか隙を探す。けれど、顔の両脇を壁についた長い腕で封じられると逃げ道はない。
「俺が逃がすと思ってんなら甘い」
「別に……逃げるつもりじゃなくて……ってか、この飲み会も無理矢理っていうか……強引っていうか」
「あれのどこが強引?どう見ても和やかな感じだったじゃねぇかよ」
リカちゃんは、いつもはこんな喋り方しない。荒い口調も、きつい語尾も絶対にない。
ということは、今の言葉はそれだけ怒っているということを意味する。
俺はリカちゃんを試すでも心配させるでもなく、怒らせた。1番怒らせると厄介で怖い男を怒らせてしまったらしい。
「もちろん説明できるよな?」
問いかけてくるリカちゃんに無言で首を振る。早くみんなの元へ戻ろうとリカちゃんの服を掴み、トイレの扉を見た。
「何ごまかそうとしてんの?」
けれどそれは失敗に終わり、余計にリカちゃんの空気を尖らせる。
まさしく絶体絶命。逃げ道はなく、逃げる手段もなく、そもそもリカちゃんが俺を逃がすわけない。
「説明しろって言ってんだろ」
リカちゃんが俺の顎を掴んで強引に顔を向けさせる。力任せに振り向かされた首が微かに痛み、その瞬間に俺は弾けた。
穏便に済ませようなんて、そんなの始めから無理に決まっている。
そもそも、俺がこんな事をしたのは、リカちゃんがわかりにくいからだ。リカちゃんの気持ちが最近よくわかんないから……俺を気にしてくれないから。
その上、俺の目の前で他の女にべたべた触らせ、他の女に優しくして他の女に笑いかけるなんてありえない。
俺の低すぎる怒りの沸点がきた。
「なんで俺ばっか責められんの?!お前だって悪いとこあんだろうがよ!!」
これでもかと下から睨み上げ、リカちゃんに食って掛かる。
逆ギレだと言われようが、そんなことどうだっていい。
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