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「嫌じゃないし、応援したいと思う」
てっきり嫌だと言われると思っていたのに、予想外の返事が返ってきてムッとしてしまう。するとリカちゃんは、仕方ないと言わんばかりに苦笑した。
「そこは雰囲気で汲み取れよ。こういうのって、言っちゃったら格好つかないだろ」
「それをして倦怠期だって思ったんだけど。言葉にしなきゃ伝わらないって言うのは、いつもお前の方だ」
言われても実行できないのが俺だけど、それは今は関係ない。
リカちゃんが考えていることなんて雰囲気だけでわかるはずはなく、俺は目の前の男を睨みつける。
「慧君、言葉にしない美学ってわかる?」
「残念だけど俺は美術も苦手だ」
「美学と美術はまた別だと思うんだけどね…慧君そういうところは潔いいいよな」
俺に覆いかぶさっていた身体を動かしたリカちゃんは、隣に寝転んで天井を見上げた。その横顔は穏やかだけど真剣な顔をしている。
「前にも似たようなことを言ったと思うけど、高校を卒業してからの俺は、俺であって俺じゃない。そう思いながらも途中で逃げて、でも逃げきれなくて戻ってを繰り返してた」
リカちゃんが眉間を押さえる。その手で目元を隠し、小さな欠伸を零した。
「それを後悔はしてない。でも正しかったとも思えない。だからこそ慧には慧らしい過ごし方をしてほしい」
「俺らしい?」
「無理に誰かに合わせたり、何かを我慢することのない生活。今を楽しむことは、今この瞬間にしか出来ない特別なことだと思う」
何も言葉を返さない俺に、リカちゃんが口元だけで微笑んだ。目を覆っている手は外されることはなく、黒い瞳とトレードマークのほくろが見えなくて寂しい。
その手を強引に引き剥がすと、リカちゃんはやっと俺の方を向いた。掴んだリカちゃんの手をどうするか悩んでいると、もう片方のそれが合わさる。
両手で俺の右手を包み込んだリカちゃんの声は、いつにも増して優しい。
「思い込みが激しいのも、人を試して安心するのも慧君。それを無理に押し殺すのは俺の好きな兎丸慧じゃない」
言葉選びが苦手な俺の返事を待つことなく、リカちゃんは紡ぎ続ける。
「だから慧は俺たちの分も今を目一杯、楽しんで。その為に俺がいるから」
「俺たち?」
リカちゃんだけでなく、他の誰かも含まれる台詞。それが誰を指すのかわからなくて聞き返すと、珍しくすんなりと教えてくれた。
「俺と星一」
久しぶりに出てきた名前に、ハッとなる。
リカちゃんは星兄ちゃんの代わりに教師になって、星兄ちゃんの代わりに生きてきた。それは今は俺の為に変わったけれど、いつだって自分のことは後回しだ。
自分らしさを捨ててきたリカちゃんが、俺に自分らしく過ごせって言う。
我慢し続けてきたリカちゃんが、俺には何も我慢しなくていいって言う。
その瞬間にしか出来ないことを投げうって、星兄ちゃんと俺を優先してきたリカちゃんからの一言。
それは、怒られるよりも心に突き刺さる。
今の俺は自分の身勝手を後悔するばかりだ。
「……リカちゃんは、どうしてそこまで考えられんの?どうしたらリカちゃんみたいになれるのか、全然わかんない」
冷めたんじゃない、どうでもよくなったんじゃない。
リカちゃんは制限され続けた自分の過去を省みて、俺のことだけを考えてくれている。
明日も明後日も。いつだって俺を否定することはない。
自分の感情と相手の願望。それを比べると、俺はどうしても自分を優先してしまう。そんな俺に、リカちゃんは簡単すぎる答えをくれた。
「俺は慧君の為に生きてるから。自然とこうなっちゃうから、どうしたらいいか聞かれても答えられない」
「それなら俺だって同じなのに。俺だけ空回りするのって、ずるい」
「空回りしてる慧君も可愛いから問題ないよ」
「それ絶対バカにしてるだろ?!お前の性格の悪さは問題だらけだからな!!」
ちっとも歯が立たなくて自然と噛んだ唇に、リカちゃんの指が触れた。
「こら。噛んだら傷になるだろ」
そう言って歯と唇の境目をリカちゃんの指が優しくなぞり、噛むことをやめた俺の頭を撫でる。
俺がまた謝ろうと口を開くと、それを塞ぐかのように触れるだけのキスが落とされた。
慣れた要領で薄く唇を開くけれど、待ち望んでいたものは来ない。
それどころか、あっさりと離れていってしまう。
「今日はここまで。外泊なんてして、俺に寂しい思いをさせた罰な」
「先にキスしてきたのはお前だろ」
「ほらほら、早くこっちおいで」
「人の話を聞け!!」
ついさっき我慢するなと言ったくせに、リカちゃんは俺を抱きしめて離さない。
暑苦しくて寝づらい態勢に暴れると、その力はもっと強くなる。
「リカちゃん、暑いから離れて」
「無理」
「我慢するなって言ったのは誰だよ……」
リカちゃんは二重人格だ。言ってることと行動が違いすぎる。
思わずため息をつくと、またリカちゃんの力が強くなった。
「慧君慧君」
「なんだよ、言っておくけど俺この状況じゃ絶対に眠れな──」
「明日は、起きたら隣にいてほしい」
静かな寝室にリカちゃんの小さな声がやけに響いた。
触れた肌からはリカちゃんの体温が伝わってきて暑いし、力も緩まなくて寝心地は最悪だ。
それなのに気分は最高だった。
こうして2人で眠る夜だって、当たり前に見えて本当は特別な時間なのかもしれない。
今この瞬間にしか出来ないことではないけれど、今この瞬間、俺はリカちゃんと一緒に過ごしたい。
「……寝るの早すぎだろ。リカちゃんのバカ」
仕方なく寝苦しいのを我慢して目を閉じる。その夜みた夢は、黒いライオンに舐め回される悪夢だった。
そして。
「──自分らしく過ごせとは言ったけど、寝相の悪さは改善してほしい……いっそベッドをサイズアップするか?いや…慧君に触れていないと眠れないから、それじゃあ意味がない」
脇腹を蹴られて目覚めたらしいリカちゃんが、本気で悩んでいたことなど、俺は知らない。
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