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笑えない冗談を言った鹿賀が椅子から立ち上がる。ゆっくりと歩いて来て止まったのは、俺の目の前だった。
大きくもなく、小さくもない目。その黒い瞳は俺と変わらない高さにあって、じっと見据えてくる。
「聞こえませんでした?僕の恋人に」
「聞こえた!聞こえたけど意味わかんないだけだ」
「意味……恋人の意味すら知らないんですか?」
「それぐらい知ってる!じゃなくて、なんで俺とお前がそんなのになるのか、それがわかんないんだって」
俺とリカちゃんが付き合っていることは、鹿賀には話してある。それなのに平然と恋人になってくれと言う鹿賀が、全くもって理解不能だ。
けれど鹿賀は至って真剣に、且つ、思ったまま伝えてくる。
その内容は、さらに俺の許容範囲を越えた。
「別に先生と別れろなんて言いませんよ。僕、男とキスとかセックスするの無理ですし」
「じゃあ、なんで恋人になれなんて」
「他人が嫌だから。他人じゃなくなったら名前も呼べるみたいなので」
鹿賀の話していることが日本語に聞こえない。頭の中を通り過ぎていく単語が、俺の知らない言葉に聞こえる。
「……お前、自分の言ってる意味わかってんの?」
「もちろん。形式上の恋人にさえしてくれれば、僕は平気です」
俺が平気じゃねぇよ。そう心で言い返した。口に出さなかったのは、言ったところで鹿賀には通じないと思ったからだ。
「あー……お前が俺のことを、そういう意味で好きじゃないことはわかった。だからって俺はお前と付き合う気はない」
「なんでですか?」
「そんなのリカちゃんがいるからだろ。リカちゃんと付き合ってんのに、お前とも付き合うなんて嫌だ」
たとえ形式上だけだとしても、そんなことをしたら俺もリカちゃんも嫌な思いをする。
そもそも、鹿賀が言っていることが変で俺の言っていることは普通だ。ただ問題なのは、その普通が通用しない相手が、俺の周りには多すぎるということだった。
「というか…それなら友達で良くないか?」
ふと思ったことを聞いてみる。すると鹿賀は首を振った。
「それじゃ駄目だったんです。友達じゃまだ遠い」
「遠いってなに?」
言ってる意味がわからなくて聞いたのに、鹿賀は答えてくれなかった。俺が受け入れるまで粘るつもりなのか、頑として譲らない。
お互いに黙ったまま向かい合っていると、先に折れたのは鹿賀だった。
「わかりました」
頷いた鹿賀は、ダイニングテーブルまで戻り鞄を手に取った。玄関へと向かう扉に手をかけ、首から上だけをこちらに向ける。
「先生に直談判します。もしそれで許可が出たら、僕と付き合ってください」
「出るわけない……ってか、そんなことしたらお前ここ追い出されると思うけど」
「その時はその時です。僕だって真剣に考えて、僕なりの理由があるんです」
あまりにも強い鹿賀の視線に戸惑う。
もし本当に鹿賀がリカちゃんに聞いたら、その瞬間に終わる。リカちゃんは怒らないし他人に無感心なところがあるけど、俺に関しては異常なほど過敏だ。
リカちゃんの機嫌が悪くなる、ということは俺にも何か影響はでること間違いない。どうして強く断らなかったんだ、と言われたら俺も終わる。
俺の貴重な週末が腰の鈍痛で潰される。
鹿賀をサボらせるわけにはいかない……でも、リカちゃんにバレるわけにもいかない。
なんとか一時的にでも鹿賀を踏みとどませるために、導き出した選択肢は1つ。
「か、鹿賀!!今日お前の学校が終わったら、2人で飯食いに行こう!その時に話の続きするってどうだ?」
「……はあ」
「ほら、将を射んとする者はなんとかって言うだろ?!」
「馬を得ず、ですね。本当にそれで教師になれるんですか?教育学部に行った意味ないんじゃ…」
「うるさい!!俺はまだまだこれから伸びるんだ!」
少し納得していないようにも見えるけど、鹿賀は渋々ながらも頷いてくれた。高校の終わる時間に駅で待ち合わせすると決め、連絡先を交換してから鹿賀が先に出る。
鍵を預けなくて済んだかわりに、もっと大きな問題が発生してしまった。今夜のことを思うと頭が痛くなりそうで、出来るだけ考えないよう意識して大学へ向かう。
今日は幸が休むらしいから俺は1人きり………
なんてことはなく。
「おいバカウサギ、お前ミイラみたいな顔してんだけど。そんなになるまで盛ってんじゃねぇよバカップルが」
歩の嫌味に安心するぐらい、俺は悩みに悩んでいる。
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