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車を降りて家に入るだけ。それすら躊躇う鹿賀は、さっきから一向に降りようとしない。
窓から外を眺め、時々こちらを見ては何かを言いたげに諦める。その言いたい事をわかっているのに、気づかないふりをする俺は性格が悪いと思われているだろう。
「鹿賀」
呼びかけると、想像通り期待に満ちた目が向けられる。
「俺はもう何もできないから。話を聞いて説明もした。最近のお前の様子も伝えてあるし、お前が悩んでいたことも言ってある。後は、お前たち親子で解決しなきゃいけない」
「それは……わかってます、けど」
「大丈夫だって。1度の失敗すら許せない親はいないから。向こうもお前に謝りたいって言っていたし、きっとお前以上に後悔してる。それに甘えればいい」
少しだけ窓を開けて煙草に火を点ける。前のエアコンを切ったのは暑いけれど、それを堪えて紫煙を吐き出した。
「頼られて安心することもある。どれだけ大人ぶっていても、鹿賀はまだ高校生だろ。今は甘えて、守られるべきなんだよ」
「そうでしょうか……」
「今度何かあれば真っ先に相談することだな。お前の母親は子供を見捨てて逃げたりしない、不器用だけど向き合おうとする、いい親だったよ。お前の母親はな」
「さっきからお前の母親はってよく言いますね。先生のところは違うんですか?」
変に探るのではなく、純粋に問いかけてくる鹿賀。あれだけ、人には踏み込んじゃいけない境界線があると言ってやったのに、それでも好奇心が勝る鹿賀に呆れる。
けれど、そこも慧と同じで言い返す気にさせないのだから狡い。
「いや、俺のところは普通。ちょっと……かなり気は強いけど、意見を尊重してくれる。世の中にはそうじゃない親もいるってことを言いたかっただけ」
それが誰の事なのかは絶対に言わない。
すると一般論だと思ったのだろう、鹿賀は納得したように頷き、もう1度外を見る。
「……試しに行ってみます。どうせ、この後また鳥飼くんと約束してるし。もし駄目だったら一旦時間を置いてから話してみます。それでも駄目だったら……」
「また家に来ればいい。今度は慧の友達として泊まりに来ればいいよ」
エンジン音が聞こえたのか、玄関扉が開いた。中から現れた鹿賀の母親が不審そうにこちらを覗いて、そして駆け寄ってくる。
「さて、そろそろ戻らないと抜け出したことがバレる。学生は夏休みでも、教師には仕事があるって意味わからないよな」
「抜け出して来たんですか?休みじゃなくて」
「なんで休みの日までスーツ着てるんだよ……とにかく、夜に鳥飼の家に挨拶行くから。竜之介くんはお母さんと仲直りして、お友達と夏休みの思い出作っておけよ。俺はせっせと働くけどね」
車のドアに手をかけた鹿賀が「意地が悪い」と責めてくる。けれど外に出てそれを閉める時、小さく、それなのにはっきりとした声で言った。
「ありがとうございました、先生」
どうせ言うなら面と向かって言えばいいのに。扉の閉まる音で聞こえづらいだろ、と心の中で注意して、でも何も言わなかった。
その後のことは知らない。鹿賀親子がどんな話をして、どうなったのかは聞かない。それは鹿賀が話したい相手に言えばいいことで、俺は鹿賀の境界線を越えることはしない。
学校に戻る途中、胸ポケットで震えるスマホに、やはり抜け出したことがバレたのだと悟る。どう言い訳しようか考えながら、でも面倒になってやめた。
たまには嘘をつかずにいようとして、素直に謝れば体調不良を疑われる。隠しきれない隈がそれを強調する。
お節介な熱血教師の、的外れな心配は『面倒臭い』この一言に尽きた。
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