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ほどよく日焼けした手は、頭に乗ることはなかった。それは、予想していた場所を通り越して俺の肩へとたどり着く。
「そんな不機嫌そうな顔しなや。今日もバンビちゃんはウサマルの友達んとこ泊まるんやろ?ウサマルは?」
驚くほど早く、驚くほど簡単に拓海に懐いた鹿賀は、週明けまで拓海の家に泊まるらしい。拓海の兄弟とも上手くやっているようで、下の妹が可愛いと鹿賀らしくないメッセージが今朝届いていた。
俺とはあれだけ時間がかかったのに。鹿賀は1人ぼっちなんだって思って、可哀想だって思っていたのに。急すぎる展開に頭が追いつかないし、正直面白くない。
その気持ちが全面に出たらしく、俺を見る幸が苦笑いを浮かべる。
「ってかな、せっかく仕事休んだんやから今日も泊まってや。無駄になるやん」
「……そうだよな。どうせリカちゃんは泊まり込みの準備で忙しいだろうし、俺がいても邪魔だろうし」
「はあ。強気で生意気なくせにウジウジしてんの、俺には無理や。めっちゃめんどい」
「ん?今の早口すぎてよくわかんなかった。めんどいって何語?」
訊ねると、幸はなんでもないと笑って答えた。それが明らかに作り笑いで、今までなら考えられない仕草に複雑だ。気を許してくれたんだと嬉しくもなるけど、それと同時に少し寂しい。
それでも幸は幸で、からかいながらも俺の話を聞いてくれる。何度も繰り返した後悔の言葉を、またかって言いつつも受け止めてくれる。
仕事用のスマホを弄る横顔は知らない人みたいに見えるけれど、それも幸の一部なんだろう。淀みなく動いていた指が止まり、少しだけ考えて動き始める。
相手にとって1番の言葉を探し、相手を喜ばせる為の言葉を。思ったことをすぐに口にしてしまう俺には、絶対にできないことを幸はできる。
「俺が幸みたいになったら……リカちゃんも楽かもな」
落とした独り言に向けられるのは、もちろん呆れた顔。俺は幸のこんな顔を、昨日と今日だけで何度見たかわからないぐらいだ。
「くだらんこと言ってんと、早よ食べや」
「くだらないって言うな。幸のバカ、赤人間」
「その赤人間に憧れてるのは誰やろな?」
「憧れてなんかない。言ってみただけだろ」
急かされて食べたメロンパンはあまり美味しくなかった。いつもなら余裕で2つは食べられるそれを、1つ食べただけで胃が重たくなる。
誰かと一緒に食べる飯は美味いって人はよく言うけど、慣れるとそんなの感じなくなる。けれど失くしてしまうと気づく。
誰かと食べることが美味いんじゃない。
例えば美味しいかと聞いてくる声の甘さとか、さりげなく合わさる視線の穏やかさとか。自然と広がる会話や、何気なくて、けれど特別な空気が漂う時間。
そういうものがあってこそ、美味いと感じるんだろう。今の俺にそれはないから、だから何も美味いと思えない。
俺が家出して3日目の夜。
昨日に引き続きスマホの電源を切った幸が先に眠って、1人きりで見上げる天井は見慣れない。部屋の匂いも、枕代わりに使っているクッションも「おやすみ」がない夜も慣れない。
「眠れない……もう無理かもしれない」
押さえた目頭が熱くなって、半分も満たされていない胃が痛み始める。
ここには、黙っていても俺の異変に気づいてくれる人はいない。助けてって言わなくても、黙って隣にいてくれる人はいない。
今まで眠れない夜は何をして時間を潰していたか考えるけど、全く浮かんでこないのはリカちゃんの所為だ。眠れないなら疲れることをしようかって言ってこないリカちゃんの所為だ。
俺が眠るまで、俺の好きなところを言い続けるって。そんなバカを言わないリカちゃんの所為だ。
変な意地を張って帰れなくなり、自分の言ったことに後悔して、また間違ったことを言ってしまうのが怖い。次また失敗したら、今度こそ「要らない」って言われそうで怖い。
嫌なことを消すように楽しかったことを考えて、それが終わるんじゃないかと不安になる。そうして迎えた朝は、嫌味なぐらいの快晴。
たった3日で訪れた限界。
しばらくして起きてきた幸が、挨拶よりも先に悲鳴を上げるほど、俺の顔は死にそうなぐらいに悲惨だった。
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