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うさぎの俺はひとまず置いておいて、だ。隣に腰を下ろし寛いでいるリカちゃんを見つめる。
「リカちゃん仕事は?こんな所で休んでて大丈夫なのか?」
わざわざ夏休みに学校に泊まってまで勉強しているのだから、ここでサボっている時間などあるのだろうか。それが心配で訊ねると、隣に座っているリカちゃんが緩く笑う。
「朝一で講習して、昼までは空き。昼からは生徒会に顔出して、もう1時間講習したら今日はお終い」
「簡単に言うけど結構ハードだな……」
「そのための特別講習だからね。みんな平日は塾で忙しいみたいだし、詰め込むだけ詰め込もうって魂胆だろうな」
朝から勉強尽くしなんて、俺なら気が狂う。
何が楽しくてそんなことをしなきゃ駄目なのか、それは受験だからっていうのが1番だろうけど、大学に入学した今は考えたくもない。
もし俺の時にあったとしても、絶対に参加なんてしなかっただろう。
「俺がここに通ってた時は、こんな講習なかったと思うんだけど。今年から?」
「そう。どっかの熱血教師が言い出しやがったんだよ。こっちは面倒だし、いい迷惑」
はあ、とため息をついて手で口元を覆う。少し疲れているのか、眉尻を垂れたリカちゃんは、その手を俺の襟足に伸ばした。
「髪、伸びたな。そろそろ切った方がいいかも」
毛先を摘まんだリカちゃんが、それを指に巻き付けて遊ぶ。いつもよくする癖に、俺たちって喧嘩中だったはずなのに……と、なんとなく腑に落ちない。
けれど、その手が偶然首筋に当たり、ピクンと軽く身体が跳ねた。髪で隠れて熱いままだった箇所に、冷たい何かが触れる。
「なんか冷たいんだけど、何?」
首を捻ってリカちゃんの手元を見ようとした。手首までしか見えないその正体を探る俺に、リカちゃんが「ああ」と教えてくれる。
「指輪かな。ずっと冷房の効いたところにいたから、冷え過ぎたのかも。驚かせて悪い」
そう言った左薬指には銀の輪がはまっていて、驚いてしまった。鹿賀から指輪をつけていることは聞いていたけれど、実際に目にするまでは半信半疑だったからだ。
「指輪……マジでつけてたのか」
目をそらさずに呟いた俺に、リカちゃんが瞬く。
「鹿賀から聞いたんじゃないのか?あいつ、全部言いましたって意気揚々と報告してきたんだけど」
「聞いたけど。人から聞くのと、自分で見るのじゃ違うっていうか……ん?鹿賀と連絡とってんの?」
「まあ今は保護者だし。それぐらいは俺でもするよ」
そう言いながらもリカちゃんは『それぐらい』で済まない事をしたんだと思う。鹿賀の為に……友達になると約束した相手の為に、普通ならできない事もしてしまったんだろう。
それがリカちゃんの『普通』だから。
「あいつ、やっと話せたらしいな。本当に手がかかるというか、文句は多いくせに肝心な時に何も言えないんだよ」
わざとらしく息を吐いたリカちゃんの唇が、少しだけ嫌な笑い方をした。まるで長年企んでいた悪戯を披露する子供のような、得意げを含んだ笑い方だ。
「この俺が慧君との時間を割いてまでチャンスを作ってやったのにね。いつも尻込みして逃げて、それなのに友達になりたいから協力してくれって、都合良すぎるだろ」
ソファの背凭れに肘をつき、横向きになったリカちゃんが、頬杖をする。安っぽいソファに座っているのに、なぜか堂々として偉そうだ。きっとリカちゃんの雰囲気がそう思わせるのだろう。
どこまでも偉そうで、どこまでも俺様に笑ってリカちゃんは続ける。
「俺はね、鹿賀と慧君が仲良くするから怒ったわけじゃない。そりゃ気分は良くないけど、それぐらいなら抑える」
「は?あの日すげぇ怒ってたのは誰だよ」
リカちゃんが鹿賀を追い出したと勘違いした日。リカちゃんが強引に迫ってきた日。思えばあの時すでに、色々なことが上手くいかなくなっていた日。
いつかは具体的に言わなかったけれど、リカちゃんは気づいたらしい。綺麗に整えられた眉が微かに動いた。
「自分の都合しか考えない鹿賀と、それを全て受け入れちゃう慧君がもどかしかったから。あの時、慧君は俺に無責任だって怒ったの覚えてるか?」
全く身に覚えがなくて首を振る。するとリカちゃんは「だろうね」って呟き、それが俺らしいと笑った。呆れてるようで、でもバカにした笑い方じゃないから嫌な気持ちにはならない。
ただ、リカちゃんが何を考えているのかを知りたい。
「リカちゃんが何を考えてて、何を言いたいか知りたい。だから教えろ。俺にはそれを知る権利がある」
「訊ねてくる身にしては生意気すぎないか?そこも慧君らしいんだけどね」
リカちゃんが笑う度に身体が揺れて、僅かに開いたカーテンから差し込む光が指輪に反射する。
部屋の中には、続きを待つ俺と緩く笑うリカちゃんと、それを見つめるうさぎのぬいぐるみしかない。
「鹿賀の第一印象は、すごく生意気で気が強くて、でも本当は臆病で現実逃避する癖がある面倒なやつ。まるで、誰かさんと一緒だなと思った」
鹿賀が誰と一緒かなんて聞かなくてもわかる。
リカちゃんの目には、今も俺しか映っていない。
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