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61.追い立てるやつもいる
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部屋へと向かう廊下を歩きながら考えることは、歩と桃ちゃんのことだ。もしかしたら偶然に桃ちゃんが出てきて、もしかしたら偶然の再会を果たして、もしかしたら2人の仲が戻って。
そんな『もしかしたら』を想像してみたけれど現実は、そう上手くはいかない。
実際にあるのは開かない扉に、誰も出てこない部屋。そして、止まらない歩の足。歩が桃ちゃんの家に一度も視線を向けなかったのは、強がりなのかどうかもわからない。
「おかえり、慧君」
俺が鍵を差し込むより早く玄関の扉が開く。どうして帰ってきたのがわかったのか聞く前に、リカちゃんが満足そうな顔で笑った。
「それはね、愛の力だよ。俺の溢れんばかりの慧君への想いが、こうして慧君の帰宅を教えてくれ──」
「ベランダから見えただけだろ。俺たちがマンションに入るところが」
「…………勝手にネタばらしをするなんてルール違反だからな、歩くん」
「うっせぇ。こっちは変なもん見たばっかりでテンション下がってんだよ。酒出せ、酒」
「家にあるのは料理用の日本酒だけだ」
「それぐらい用意しておけ、このクソが」
リカちゃんを押し退けて歩が家の中へと消える。残された俺と拓海は、場を荒らすだけ荒らした友達を恨んだ。
つん、つん、と拓海が俺を肘打つ。その意味は『なんとかしてくれよ慧』で間違いない。
「あー……えっと、リカちゃん」
俺の声掛けに、歩の背中を追っていたリカちゃんの視線がこちらへと向く。それが鋭くないことに安堵して、自然と肩の力が抜けた。
けれど何の準備もなく呼びかけてしまったから、問題はここからで。
「なぁに、慧君」
「ああっと。その、だな。そのー……その、その」
何て言おうか。頭にあるのはリカちゃんが怒っていなくてよかったってことで、その原因を作ったのは歩で、そもそも家に来ようとしたのが歩だってことで。
「慧君どうした?」
黙る俺を心配したリカちゃんが顔を近づけてくる。その時に感じた甘い匂い。蛇光さんからもしたバニラの匂いだ。
「リカちゃん、さっきまで」
蛇光さんがいた?それとも、蛇光さんの家にいた?
そこのベランダから俺たちが帰ってくるのを見てた?俺たちが帰ってきた時、家にいないとマズいから見てた?
2人で。蛇光さんと2人きりで、匂いが移るほど長い時間を匂いが移るほど近くにいたのか?
「慧君?」
聞けない。聞きたくない。知りたくない。
俺は何も知りたくない。傷つきたくない。
──怖い。怖い、怖い、怖い怖い怖い。
「ううん。なんでもない」
俯いた顔を左右に振る。すると匂いが消えて、やっと息ができた。あの匂いが怖くて止めていた呼吸が、やっと再開する。
「慧君どうかした?何か様子が変だけど」
「疲れてる上に腹減ってイライラしてんだよ。いいから早く飯にして」
「本当にそれだけ?」
「そうだつってるだろ。これ以上待たせるなら外で食べてくるから」
空いていた隙間をぬって部屋へと入る。室内は相変わらず綺麗で、リカちゃんが証拠隠滅のために片付けたのかどうかわからなかった。
それと同じで、部屋を満たすこの匂いがリカちゃんのものなのか、それとも蛇光さんのものなのかもわからなかった。
また息が詰まる。
リカちゃんが晩飯の準備をしている隙に自分の部屋に戻った俺は、香水の瓶を捨てた。
リカちゃんとの想い出を1つ、捨てた。
すると驚くぐらい心が軽くなったんだ。
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