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62.楽しい楽しい晩ごはん
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テーブルにはクロスが敷かれ、茶碗に炊きたての米。それから味噌汁が注がれたお椀。どうやら今日はワカメと豆腐、それからネギが入っているらしい。
2つのお椀の間。ぽっかりと空いたスペースが気になって首を傾げる。するとキッチンにいたリカちゃんがやって来て、俺の疑問を解決してくれた。
「突然すぎて用意するの大変だったんだからな」
後ろで纏めていた髪を解き、椅子へ腰をおろしたリカちゃんが俺たちにも座るよう促す。リカちゃんの前が俺、その隣が拓海。歩はリカちゃんの横に座り、これで4人が揃った。
今日のメニューはハンバーグだ。
「すっげ!先生、なんで俺がハンバーグ食べたかったって知ってんの?!」
ファミレスでハンバーグを食べ損ねた拓海が嬉しそうにリカちゃんを見上げる。そのキラキラとした顔が、少しだけ俺のモヤモヤを紛らわせてくれた。
「あの時間にファミレスにいたら、誰かしらハンバーグを食べたいって言い出すかなと思って。きっと店の中はこれの匂いがしてただろうし」
「さすが。もう高校の先生なんて辞めて探偵にでもなったら?」
「鳥飼、これだけで転職を決めるほど俺はバカじゃない。いいから冷めないうちにさっさと食べろ」
リカちゃんは軽いため息を落とし、俺と拓海、それから歩の分のお茶をコップに注いでくれる。けれどリカちゃんの分はない。お茶だけじゃなく、米も味噌汁、ハンバーグだってない。
「先生は食べないの?もしかして俺ら、先生の分を奪っちゃった……とか?」
既に半分ほど食べていた拓海が、何も置かれていないリカちゃんのスペースを見て言った。
「いや、今日は外で済ましてきた。1人分だと思うと、何も作る気になれない」
拓海と遊ぶことが決まった時、俺は前もって晩飯は要らないって言ってあった。それが作ってもらう立場のマナーだと思ったから。
だからリカちゃんは、外食で済ませたのだろう。
でも、それって誰とだろうか。どこで何を『誰と一緒に』食べたんだろう。
「外でって、どこで?」
ハンバーグを箸で切りながら聞く。大して気にしていない振りをするくせに、心臓は隠れてバクバクと鳴っている。
「車で少し行ったところのカフェ。コーヒーを飲んだ時に美味しかったから前々から目は付けてたんだけどね。今度は慧君も一緒に行こうな」
「あー……うん。でもカフェにリカちゃん1人で?いつ行って、そこで何食べたんだよ」
「仕事終わってからだから20時半ぐらいかな。あそこは大通りも近いし、結構おひとりが様いたよ。俺はサンドイッチを食べたけど、店のオススメはグラタンらしい」
「ふぅん…………一応、覚えておいてやる」
すらすらと返ってくる返事に、きっと嘘じゃないんだとは思う。でもそれじゃあ、どこで蛇光さんに匂いが移ったんだろう。
「ああ、そう言えば」
考えることに夢中で、なかなか進まない食事。まだハンバーグを箸で突いていた俺は、リカちゃんの一言で固まった。
「帰りに寄った本屋で蛇光さんに会ったな。彼女、何が楽しいのか話が止まらなくてさ。帰ったのが遅くて簡易サラダになっちゃったけど……慧君、トマト1つぐらいは食べようね」
ハンバーグの傍に添えられたレタスとポテト、それからブロッコリー。そして一段と鮮やかな彩がトマト。
赤くてツヤツヤのその色は、誰かの唇の色を彷彿とさせる。
『獅子原さん』
そこから幻聴が聞こえてきそうなぐらいに。
思い切りハンバーグに箸を突き刺せば、溢れた肉汁でトマトが汚れる。艶を消されたトマトがこちらを恨めしげに睨んでいる気がして、気分が晴れた。
だから俺は、笑顔でリカちゃんに言ってやることができた。
「トマト大嫌いなんだよ。誰がこんなの食べるかバーカ」
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