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92.もしもしお電話
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縋りついていた手がゆっくりと外される。俺の必死な願いは、届かない。
あれだけ俺の願いなら何でも叶えるって言ってたのに、どうして今回はダメなんだろう。必死さが足りないから?それとも、もう嫌になったから?わからない。
「リカちゃん、あの……その、えっと」
離された手を見つめながらなんとか声をかけるけど、後が続かなかった。行くななんて言われても困るって返されたら、それはその通りだし。そもそも、こうして俺がぐるぐると考えてることにリカちゃんは関係ない。
急に不安になろうが、それは俺自身の問題だ。
「……なんでもない。気にすんな」
ついた嘘が部屋の中で消える。
別に男同士がどうとか、そんな今さらな悩みなんてない。気にしないと言ったら嘘になるけど、そんなことを悩むような時期はとっくに過ぎた。
ただ、何もできない自分になんでもできるリカちゃんは合わない。俺にリカちゃんは合わない。だって俺はまだ1にも満たない存在だから。
俺に楽な作業しかさせなかった桃ちゃんも、俺には怒らない美馬さんも。それから蛇光さんも。
誰も俺のことを一人前の大人だなんて思ってない。そして俺自身も諦めつつある。
そんな中で最後に縋ったのはリカちゃんで、でもそれすら失いそうで。
「──…………っ、」
行き場のない手を強く握った。すると、掴み損なったシャツの代わりに、あたたかい手が包み込んでくれた。
大きくて少し冷たいリカちゃんの手だ。
「電話。学校に電話してくるから、その間待てる?」
頭上から聞こえてきたリカちゃんの声に、俺は首を振って答えた。不安で不安で仕方ない心は、少しでも離れてしまえば破裂してしまいそうだったから。
それをわかってくれたからかもしれない。
強引に引き剥がすのが面倒なだけかもしれない。
「──すみません、獅子原です」
聞こえてくるリカちゃんの声は、いつもと違う外行きの声。今となっては懐かしい『獅子原先生』としてのリカちゃんに、あの頃を思い出してくすぐったい気持ちになる。
「ご迷惑おかけして申し訳ないんですが──ええ、はい。それは特に問題はないかと」
「っ、リカちゃ」
思わず顔を上げた先には、スマホを耳に宛てがいながら首を振るリカちゃんがいた。それは声を出すなって合図で、俺は頷いて見つめる。
そして、握られていた手を包み返した。リカちゃんの右手を俺の両手が包めば、電話をしていたリカちゃんが軽く笑う。最近替えたばかりの真新しいスマホは、俺の視界には入らない。
「あれは──で、あの……は確か──。ああ、その件なら………………先生に詳しいことは聞いていただければ」
リカちゃんが電話で話している内容は、正直俺にはわからなかった。でも、こうして傍で話すってことは聞いてもいいんだと思う。
それでも俺は、話の中身を詳しく聞き取ろうとは思わない。他にもっと気にしたいことがあるからだ。
それは俺以外と話すリカちゃんの様子だった。時々苦笑いしながら謝って、綺麗な言葉で対応して。かと思えば何かを指示したり、その間もたまに俺の手を撫でたり、俺の髪に頬を擦り寄らせたりする。
視線で「まだ?」と訊ねれば声に出さず「待って」と言われる。嫌そうに軽く睨めば、ごめんの代わりに軽くキスされる。
額に鼻に、頬に顎に。くすぐったくて身をよじった俺にリカちゃんが驚き、スマホを落としかけて慌てる。
電話相手の見えないところで、俺とリカちゃんは2人だけの会話を交わす。
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