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父さんが俺に言うのは「お前の好きにしろ」ばかりだった。どんなときもどんなことでも。
それは『お前のことなんかどうでもいい』だと思っていた。
父さんにとっての俺はいてもいなくても同じだと、そう思っていた。
「なんでお前の父親が仕事ばっかりしてるか考えた事あるか?」
身体を起こしたリカちゃんがまたタバコに火を点け吸い始める。俺と一緒にいるときにこんなに何本も吸うのは珍しい。
それはきっと眠気をこらえて話しているからだろう。
「自分のプライベートも捨てて寝る間も惜しんで働く理由。誰の為に働いてるかお前は知ってる?」
「そんなの仕事が好きだからじゃねぇの。あの人は会社のことしか考えてねぇよ」
父さんの姿を思い出そうとするといつも後ろ姿がまず浮かぶ。
いつ帰ってくるのかもわからない、帰ってきてもすぐいなくなる。
俺はずっと去っていく父さんの後ろ姿ばかり見てきた。
「仕事が好きなだけであんなに働けるかよ。ちゃんと理由があるに決まってんだろ」
「理由……」
「お前が生まれたとき、親父さんが何歳だったか知ってるか?」
「それぐらい知ってる」
父さんと母さんはお見合い結婚だった。
父さんが32歳のときに星兄ちゃんが生まれ、その11年後に俺が生まれた。俺は父さんが43歳のときの子供だ。
「それがなんの理由になるんだよ」
まどろっこしい言い方をするリカちゃんは視線だけで「本当にわかんないのか?」と問いかけてくる。こっちはわからないから聞いてるのに。
「43歳で他の2人とは年の離れた子供が生まれた…つったら可愛いだろうな。俺は子供は好きじゃねぇけど、それでも可愛くて仕方ない気持ちはなんとなくなら理解できる」
「だから何が言いたいんだって」
「可愛い可愛い末息子。その子が中学に上がり、高校生になって大学へ…ってなったら自分は何歳だ?お前が成人したとき、親父さんは何歳になる?」
指先だけでタバコを持つリカちゃんは吸う気がないのかその煙を眺めるだけだ。
「俺が20歳なら父さんは63歳…それが何?」
「ここまで言ってまだわかんねぇの?」
「お前…教えるならわかりやすく言えよ。いちいち勿体ぶってんじゃねぇ」
チラッと俺をみてタバコを消す。
ほとんど吸ってないソレは、まだ長いままだ。
「息子はまだ20歳になったばかり。かたや自分は60歳を越えてる。いつまでも面倒を見てやれるとは限らない……そうなったら何を思いつく?」
「全然わかんねぇ」
「お前……いや、もうバカなのは慣れた。
生きてく為には金がいる。もし自分がいなくなっても困らないように残せるものは残してやりたい。そう思ったから、あんなに必死になって働いてんだろ。
いつ自分に万が一のことがあってもお前が生きていけるよう、不自由しないように」
『万が一』の部分で少しだけ声が小さくなったリカちゃん。合わせた両手を口元に当て、俯く。
「元々仕事熱心な人だった…それがより酷くなったのは、あの事故の後だよ」
あの事故。俺たちの間で『事故』といえば当てはまるのは1つだけだ。
「星一が、息子が死んで泣かない親なんていねぇよ。それが証拠に星一の部屋はそのままだったろ?」
そう言ったリカちゃんが泣いているように思えて。
「母親が出ていって、懐いてる兄貴が死んで……それまで他に任せっきりだったお前との接し方がわからない。
今度は自分の番かもしれない。それはもしかしたら明日かも、1年後かもしれない」
顔を上げないままリカちゃんは続ける。
「事故の後、親父さんに謝りに行った。星一を殺したのは俺だって言ったらあの人なんて返してきたと思う?」
「わ、かんない」
「星一が庇ったのが君で良かったって。最期まで星一は自慢の息子だったって言ってくれた。そんなこと俺なら死んでも言えない」
星兄ちゃんが死んだときも父さんは変わらなかった。
葬儀が終わって数日もすれば仕事に行って、やっぱり帰ってこなくて。
「結果的にお前と親父さんの仲を裂いたのも俺……になんのかもな」
勿体ぶってたんじゃなく、本当は言いたくなかったんだと今ならわかる。
リカちゃんは何よりも自分が許せなくて自分に厳しくて
そして誰よりも俺のことを思ってくれる人だったのに。
「全部お前の為。冷たく当たるのはどう接していいかわからないから。本当は不器用だけどいい父親なんだよ」
顔を上げたリカちゃんが笑う。俺の為を思っての笑顔…リカちゃんに近い人しかわからない無理して作った笑顔。
教えてくれた内容とは正反対の表情が痛々しい。
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