アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
649
-
*
コツコツとガラスを叩く音に気付いて俺は外を見た。
「由良さん…」
それは通りに面したファミレスで勉強していた俺を見つけた由良さんの姿だった。
手を振った由良さんが店の中に入ってくる。寄って行ったウエイトレスさんを無視して俺の席までやって来た。
当たり前のように向かいに座って微笑む。
「慧君見っけた」
「なんでここに?」
「この近くで仕事やってその帰り」
今日もまた違う着物を着ている由良さんはメニューを見て迷わずパフェを頼んだ。しかも、それは俺が食べてるのと全く同じもの。
「あー…生き返る!最近はイイコトなかったけど、これでチャラやな」
すごい勢いでパフェをかきこむ由良さんは見た目の上品さとは真逆だ。黙っていれば大人しそうなのに話すと賑やかで豪快、そしてすっげぇ明るい。
「イイコトってあれやで。慧君が全然連絡くれへんこと」
「あー…それは……って、まだ数日じゃん」
「数日でも!俺めっちゃ待ってたのに」
まさか連絡先を渡されたことを今の今まで忘れてたなんて言えない。っていうか俺はテスト前だし、会っても特に話すことないし…あとちょっと由良さんみたいなタイプは苦手。
嫌いじゃないけど苦手なんだ。
俺の手元の教科書に気付いた由良さんがそれを奪う。
「テスト勉強?なんなら俺教えてあげよか?」
「えっ」
「あー…あかんわ。英語は無理。俺、英語だけはどうしても好きになられへん」
持っていた教科書をたたみ、机に戻す。俺の元へ返してくれないってことは勉強をやめて相手をしろって事だろうか?
リカちゃんとは違った強引さ。なんだか少し子供っぽいなと思った。
「他の教科やったら教えれるで!」
「でももうすぐ友達来るから」
歩のバイトが終わるまであと30分ぐらい。
俺は、桃ちゃんが纏めてくれたテスト対策の問題集を歩から受け取る為に待ち合わせているところだった。
「えー…その友達より俺の方が教えるの上手いと思うけどなぁ」
パラパラと教科書を捲っていた由良さんの手が止まる。そして一瞬にして無表情になった。
「由良さんどうかした?」
俺の問いかけを由良さんは無視する。
「慧君、これ何?」
開かれたページにはウサギの耳を食べてるライオンの絵。それを描いたのは間違いなくあの本物のライオンしかいない。
実は、どの教科の教科書にもリカちゃんが描いた落書きがある。ページの端っことか、余白の部分とか。勉強の妨げにならないところにある落書き。
仮にも教師が生徒の教科書に落書きなんてダメ…だけどそれを見ながら俺は勉強を頑張ってる。
俺にとってはただの落書きなんかじゃなく、すげぇ大切なものだ。
「落書きなんかしたらあかんやん」
消しゴムを掴んだ由良さんがその絵に手を伸ばした。
「やめろ!」
咄嗟に教科書を奪った俺と由良さんの視線が交差する。
「これは消さなくていいから」
「なんでなん?そんなん勉強の邪魔やろ」
「邪魔じゃない。これは邪魔なんかじゃない」
首を傾げて俺を見ていた由良さんが「そっか」と笑う。でもその目は冷たいままでなんだか怖い。
「理解でけへんなぁ。なんでアレがええんやろ」
「アレって何?」
由良さんが何の話をしてるのか全くわからなくて聞けば、今度はちゃんと目も笑って答えてくれる。
「ううん、仕事の話。ところで慧君…俺ここから駅までの道知らんねんけど教えてくれへん?」
「は?え、どうやってここに?」
いきなりフラッと現れるこの人は不思議だ。何を考えてるのか、何を思ってるのか…出張でこっちに来てるとは聞いたけど何の仕事なのかは教えてもらってない。俺もそこまで興味ないから聞いてもいない。
そんな不思議の塊の由良さんは満面の笑みですっげぇ得意げに言う。
「実はな、俺めっちゃ方向音痴やねん。それやのに3回も慧君見つけたなんて運命やろ?」
言われたセリフが誰かさんと似ていて少し驚いたけれど、俺はそれを隠して愛想笑いを浮かべた。
「笑ってくれるってことは慧君も運命感じてくれてるんやな!」
「いや…俺は別に」
「ということで運命の出会いに乾杯!」
カチンと水の入ったグラス同士を合わせた由良さん。
やっぱり不思議で苦手なタイプだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
649 / 1234