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ある道化の話
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やれやれやれやれ。ほんとに寒くて冬はいけねえや。いっくら酒を引っかけても体が全くあったまらねえ。え?飲みすぎだって?おまえさん、安酒で酔っ払ってるようじゃあ早死にするぜ。いい男ってのぁな、高い酒の味を知ってるもんだぜ。っと、まあまあまあまあ、そんなに怒るもんじゃあねえ。すまねえすまねえ、あの酒だって安かねえ、はいはいはいはい知ってらあ。まあまあまあまあ、ここは一杯おごるからよ、許してくれよ、お前さん。おい、大将、この店で一番高いのをこいつに出してやっとくれよ。
おや、おい、そこの人、どうした。そんなにシケた面をして。ああ、このツレはな、俺の同僚で、今日女にフラれたんだってよ。もう二十五歳でさ、酒を飲みはじめて九年になるってのに全然酒に強くならねえときたもんだ。お兄さんいくつだい?ええ、同い年かい。そりゃいいや。でさ、今日はこの店で五軒目になるもんだから俺のほうなんて息も絶え絶え、ほうほうの体で酒をかっ食らってる状態さね。っと、お兄さん、俺はまた方言が出てないか。最近上京してきたばかりだから気を抜くといけないんだよ。え?喋り方が古風だって?やっぱりなあ、落語のテープを聞いてたからよ。敬語が抜けると江戸弁になっちまう。これこれ笑うもんじゃねえぞ。はっはっは。おや、あのマヌケ男、あんな酒一杯でニコニコ面して眠っていやがるぜ。これだから本当の酒を知らない奴はダメなんだよ。
おっと、話が逸れちまったな。話が逸れるってのはいけねえ。人生は脱線してもやり直せるというが、ありゃ俺は信じられねえなあ。話の筋を戻すのは簡単だが、人の性根ってもんは曲がったら戻らないもんだぜ。で、おい、お前さんはいったいどうした。ええ?今日見た舞台が期待はずれだっただと?なんだいなんだい、そんなつまらないことか。と、思ったが。なるほどたしかに人生に娯楽ってのは重要だ。せっかくこのご時世に大枚はたいて観に行ったのに、それがつまらんとなったらなあ。そういえばよ、この前こまどり姉妹が刺されただろう。やれやれやれやれ、狂気の沙汰だよ。まあ、活気があって楽しいけどなあ。おや、アングラ舞台を見に行ったのかい。ああ、はいはい、あのシュルレアリスムだのグロテスクだのやってるやつか。わからない奴がわからないことをわかったふりしてやってるやつだ。ええ?俺にゃわかんねえさ。落語と喜劇でじゅうぶんだよ。
ああ?何か面白い話はないかって?なんだい全く、俺ぁ吟遊詩人でも落語家でもないんですぜ。ええ?舌がよく回るって?やれやれやれやれ、お兄さん、全く。仕方がないね、俺みたいな優男じゃなかったらよく回る舌で舌打ちしてたところだよ。おや、もしかしてアングラ劇を馬鹿にされて怒ったのか。違う?違うのか。違うならいいのさ。常々思うが俺は少し喋りすぎるところがあるからよ、そこはやっぱりなおさにゃならんな。いかんいかん。ほんだら…おっと、また方言が出ちまった。それじゃあ、銀座で気取ってる奴らの真似でもしてみよう。
さて、それじゃ、俺の知ってる話をしてあげようじゃないか。それもとっておきのやつをね。
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