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ハヤシライスを一緒に食べて、今の赴任先へ帰る芳さんを見送る。そろそろ何か言うんじゃないかと身構えるのに、駅の改札口でまたなとあっさり帰って行く。その手には来た時と同じく黒傘一本。
「はあ…、」
これは安堵のため息かな、それとも失望のため息だろうか…。いいや、どっちもだろう。彼が母親の元へ行ってくれと言えば叶えるつもりでいるのに、側に居てくれと一言望んでくれたらと思うなんて、俺は本当に馬鹿な奴だ。
ジーンズのポケットが振動する。スマホに何かの着信、取り出そうとしたらおさまった。画面を見れば一ノ宮からでタップしてラインを開く、今からうちへ来たいと書いてある。時刻は午後三時前、駅にいるから三時半頃なら大丈夫と返信する。この駅はアパートからそんなに遠くない。直ぐに了解!とスタンプが返ってきた。
一ノ宮は一人でやって来た。俺はてっきり二條も一緒だと思っていたからびっくりする。何故か手には底が正方形の紙袋を持ってる。
「上がったら?」
「それよりもこれ、受け取って。」
そう言って、狭い玄関先に立ったままでその紙袋を渡してくる。プレゼント?でも、すでに貰ったのに。疑問に思いながらも受け取る。
「これ、何?」
「ほーちゃんからのプレゼント。試験終わったらお祝いしようって朝早くから用意してくれてたんだ。」
紙袋に収まる白い箱は何だかケーキ屋のボックスを彷彿とさせる。
「これって、ケーキなのか?」
「うん。ほーちゃんが作ったオレンジタルト。オレンジ味のカスタードクリームいっぱいできっと美味しいよ。」
「なんでそれを一ノ宮が持ってくるんだ、」
「ほーちゃんは勝手にした事だしもういいって言ったんだ、でもなかった事にするのは俺が嫌だったから。だから内緒で持ってきた。」
一ノ宮は相変わらずの笑顔。でも、分かった事もある。きっとその笑顔の下には色んな感情を隠してる。今は二條の為に感情を抑えているんだろう。俺は、二人の気持ちに応えるべきだ…いや応えたい。だって嬉しいんだ。
「なあ…三人で食べよう。二條はどこにいるんだ?」
「良かった。ぶんちゃんならそう言ってくれると思った。俺のうちにいるから、今からここに呼び出すね。」
言いながらさっと取り出すスマホ、タップする指の動きは素早い。直ぐに出たらしい二條の声が漏れてくる。どうやら一ノ宮は自室に二條を置き去りにして、何も言わずに勝手にここへ来たみたいだ。怒ってるというより心配した感じで早口に居場所を尋ねる声。
「ごめん、バイブにしてた!ぶんちゃんがね、お父さん帰ってさみしいから部屋に来てって言うんだもん。断れないし。」
「言ってねーよ、」
思わず小さく反論。
「でね、ほーちゃんも早くこっちに来て!待ってるからね?。あ、夕食は要らないって姉ちゃんに行っといて。カレーパーティーするよ。」
はあ?って二條が返事したところで通話を切る一ノ宮。
「カレーパーティー?」
「うん、カレーの食べ比べしようよ。たくさん買ったから三種類くらいを選んで食べ比べしよう。もちろんオレンジタルトを食べてからね。」
「うん、…いいかもなカレーパーティー。あ、そんならご飯炊かないと。一ノ宮上がって、」
「うん!」
よかった、一ノ宮の笑顔は今度こそ晴れやかなものだ。二條はあの様子だと、自転車を飛ばしてやって来て一ノ宮を叱るに違いない。だから今回は、俺が呼び出した事にしておく。
「そういやハヤシライスの残りもあるな…ハヤシライスも食べ比べに入れていいか?」
「お、ハヤシライス好きー。入れよう。」
夕食は賑やかになりそう。
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