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この前のカレーパーティーから五日経った金曜日の夜。一ノ宮から借りた漫画をテストや試験で途中中断しながらも、読み進めている。これまでと同じように、その巻は内容におぼろげながらも記憶があった。
最後まで読んで、いつも小説を読む時の癖で発行日を確認する。これに深い意味はない、ただいつ頃に出版されたのか気になるだけだ。
「あれ、…これって、」
発行日を確認する前にそこへ目がいく。鉛筆で描いてあるその力強い落書きは、見覚えのあるものだった。気のせいじゃない。これは、小学生の時に誰かが貸してくれたこの漫画にも全く同じに書かれていた。
「嘘…だろ、あの時この本を貸してくれたのって一ノ宮?」
一ノ宮至、その名前は記憶にない。祖母と暮らしたのは小学三年の初め頃まで、それからは中学三年になるまで芳さんと一緒に各地を転々としてて…俺は、この市に以前住んでたのか?全く記憶が蘇らない。あちこち転校したことも原因の一つだし、小学生では行動範囲が狭いから少し離れた場所になると分からないというのも原因。加えて俺はインドア派。
芳さんに聞いてみようかな…。迷って、時計を見て、やっぱり止めた。仕事で疲れてるのに、俺のくだらない問いかけとかで時間を取らせたくない。
「まあ、いいや。」
今夜はもう寝る。明日は朝からバイトだ。読み終わった漫画を返却する為に紙袋へ入れた、日曜日に会う約束をしてる。返す時にでも聞いてみよう。一ノ宮だって誰に貸したかなんていちいち憶えてないだろう。だって、今まで何にも言ってなかったし。
日曜日の午後、一ノ宮の家を訪れて部屋へ入ったら既に先客の二條が居た。もしかしたら昨日から泊まってたのかも。俺は従兄弟とかよく知らないし、親しくしてないからこの二人の関係は不思議だ。
「一ノ宮、漫画ありがとう。」
「続き借りてくよね、好きなだけ持って行って。」
「うん…あのさ、この漫画って小学校の頃に転入生の子とかに貸したことある?」
「転入生?」
一ノ宮の首が少し曲がる。しばらく考えて首を振る。
「ううん、そんな事はした憶えないなあ。この漫画って元はほーちゃんのなんだ。貰ったのは小学生の時だったと思うけど、ほーちゃんに聞いた方がいいかも。」
その二條は今、アイスを取りに行ってる。二條誉、この名前にも憶えはない。でも俺の記憶力は信用ならないし、
「あのさ、二人とも同じ小学校だったんだろ?」
「うん、幼稚園からずっと一緒で…あっそうだ小学校は違うんだ。ほーちゃんちがこっちに引っ越して来た小四までは校区が違ったから別々で、その後からは一緒の学校になったんだ。それで、確か荷物の整理中にほーちゃんがこの漫画をくれた。」
「…俺がなに?」
ちょうど、三人分のアイスを手にして部屋に入って来る。目線で一ノ宮へ話の内容を促す。
「この漫画の事だよ、ほーちゃんがくれたって話。」
一ノ宮は紙袋の中の漫画を見せた。
「…そうだっけ?記憶にないけど、」
「えー?ほーちゃんがくれたんだよ。だからここまで一生懸命集めたのに!」
でも二條は思い出せないと言ったきり、それぞれに違うアイスをどれがいいか選ばせる。話題はすっかりアイスのことに逸れた。
アイスをかじり、二人が一口づつ交換してるのをぼんやりと眺める。
一ノ宮の話から推理するなら漫画を借りたのは小学三年の時だろう、芳さんとの二人暮らしが始まったころ。
この漫画の本来の持ち主が二條なら、俺に漫画を貸してくれたのは彼の可能性が高い。でも、小学生の頃の記憶なんて曖昧だろうし、少しの期間を共にしただけの地味な転入生の事なんて直ぐに忘れると思う。良くも悪くも、子供の好奇心は熱しやすく冷めやすいものだ。
それに、その頃にはこの顔が嫌で前髪を伸ばしていたし、愛想も良くなかった。芳さんに前髪が伸びたなと言われれば、少し切ってもらう、その繰り返し。今思えば、彼なりに心配し、俺の印象を良くする狙いがあったんだと思う。
「ぶんちゃんもこれ食べる?」
「あ、うん。」
目の前に差し出されるアイスを少しかじる。お返しに俺のを差し出すと、冷たいのは平気なのかがぶりと噛み付いた。
「冷たい、でもこっちも美味しい。ほーちゃんも食べたらいいのに!」
二條へアイスを向けると、少し間をおいて控え目にかじっていく。代わりに二條のアイスが口元へ来た。少しかじる。俺は冷たいのを一気には食えない。
「ぶんちゃん、食べるの遅いね。アイス溶けるよ。」
「うん、キーンってなるから。一ノ宮は早過ぎるだろ。」
「至は痛覚が鈍いんだ。かき氷も早い。」
その言葉に笑ってしまう。
別にどうしても知りたいって訳じゃない、二條が忘れてるならそれでもいい。でも、同級生から本を借りた経験はそれが初めてだった。あの当時、素直にありがとうって言えなかった気がする。だから今更なんだけど、あの頃の俺に代わって一言礼を言いたいんだ。
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