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朝、カーテンの隙間から差し込む光は夏らしく強烈。今日のバイトは午後からだからのんびり出来るなと思って、寝返り打って二度寝の態勢をつくった。腕が何かに触れる、間違えようもない人の体だ。ぼんやりとそう思うけど、起きたくない。また意識は夢の中へ引き込まれる。
額にかかる髪をそっと退けられる感触。気の所為かと思ったけど、でもやっぱり触られてる。このうちで、そんな事をするのは一人。
「ん、芳さん…、」
ピタッと止まる手の動き。離れる体温。すぐ側で身動ぎしてるのが分かった。
あれ、でも芳さん何で居るのかな。いつ来たの、もう盆休み……じゃ…ない。…違う。
ハッと目を開けた。
「かおるさんって誰。彼女?」
「二條…、」
何でそんな顔。なんでか責められてる気がすんのは気のせい?
数度瞬きして、もっかい見てみる。隣で頬杖をつきうつ伏せに寝転んだ二條。怒ってる様に見えたのは気のせいだったみたいだ。いつもの平常な表情。
「父親の名前。」
「はあ?父親の事を名前で呼んでんの。」
軽く見開く目。う…どうしようか。両親が離婚して単身赴任中の父親と二人暮しだとしか教えてない。複雑な家庭の事情。そんなのを言って、変に気を使われるのもな…。
「ちょっと色々あって。この間、そう呼ぶことになったから。」
「ふうん。…まあ、親父呼びすんには若いよな。」
「うん。」
納得してるとは思えないけど、二條はあんまり踏み込まずにいてくれる。隣で体を起こす二條に合わせて俺も起きた。
「さて、ホットケーキ作るかな。」
「あ、見ててもいいか。」
「じゃあ、混ぜるの手伝って。」
「うん。」
二條の作ってくれたホットケーキは、厚みのあるふわふわな、まるで絵本の世界のもの。それが二枚も重ねてある。
「おお!」
俺の手伝った事なんてほんの少し。俺は紅茶を淹れたりして待ってた。だから、テーブルに置かれる皿を見て感動する。素晴らしい。
「いただきます。」
「どうぞ、」
勧められ、勿体無くて恐る恐るフォークを入れる。ふわっとしてるからナイフが無くても楽に切れる。なんだこれ、何なんだ!口へ入れるとあんまり噛まないうちに無くなる。
「どうだ、理想に近いか?」
「絵本の中のやつが本当はどうなのかは分かんないけど、すっごく美味い!見た目とかも完璧!」
「そっか、良かった。」
長いまつ毛が少し細まった瞳を縁取る、形のいい唇は艶やかなままふわりと口角を上げた。うわ…こんな優しい表情するんだ。
口へ新たなホットケーキを運ぶフォークの動きが止まる。正直見惚れた。ああ、二條はじょう君だ。あの日のヒーローは、本当に目の前に居る。
「ありがとう。」
あの日の事も、何より今のこの関係を築いてくれた事を。
「どういたしまして。」
そう言って二條は、ホットケーキを切り取り口へ入れた。きっとホットケーキの礼だと思われただろう。でも、それでいいや。改まって言ったら照れ臭い。
遅い時間の朝食を食べて、二條は帰って行った。いよいよ明日は芳さんの帰宅する日。母親と会って以来、初の顔合わせだ。
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