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声の限り11
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はっとして立ち上がった。
忘れるはずもない、それは茂庭さんの声だったのだから。
すぐに駆け寄る。
「 」
茂庭さん!と叫んだはずの時間が、また空白になった。
ああ、俺はもうこの人の名を呼ぶことすらできないんだ。
「どう?やっぱり転校したばっかりは大変だよね。俺でよければ力になるから、いつでも放談してね?あ、そういえば同じクラスに二口っているでしょ?あれ、俺の後輩なんだよね、よければ仲良くしてやって。ああ見えて結構いいやつだから」
彼の優しい言葉と柔らかい笑顔が胸に突き刺さる。
この人は、声が出た時の俺を知ってる。
両親も知ってる。
だったら、この人にはすべて話したい。
茂庭さん。
俺の両親死んだんです。
声も失いました。
もうあなたの名前も呼べない。
助けてくださいって。
「っ…」
…無理だ。
茂庭さんを俺の事情に巻き込みたくない。
言ったって困らせるだけだ。
そんなことがしたいんじゃないだろ。
「福永?」
俺を覗き込む茂庭さん。
心配そうな優しい瞳が小さく揺れる。
目と目が合った瞬間、今まで涙を抑えていた理性が決壊した。
「う、っぐぁっ、あっ…」
「福永!?どうした!?」
慌てる茂庭さんに、俺は心の拠り所を探すようにすがりついた。
ごめんなさい、茂庭さん。
あなたの声に応えることは出来ないんです。
ごめんなさい。
ごめんなさい…。
「福永。大丈夫だよ」
ポン。
俺の頭に温かい何かが乗っかった。
茂庭さんの手だ。
「大丈夫だから、深呼吸して落ち着きな?」
頭を撫でられた俺は、息を整えて、それからギュッと茂庭さんを抱きしめた。
俺から見れば小柄な茂庭さんは、俺の腕にすっぽり収まった。
安心する心地よさだ。
「福永が落ち着くなら、ずっとこうしてていいよ」
茂庭さんの優しい言葉を、俺は全身で受け止める。
今の俺にはそれしかできない。
9月上旬の昼下がり、窓から舞い込む秋の香りが俺たちを包んだ。
凍っていた心が溶けていく気がした。
初めて俺に手をさしのべてくれたのは茂庭さんでした。
きっとあの時から全てが始まったんだ。
父さんがあなたに声をかけたあの時から。
無力な俺だけど、もし声が戻ったら、あなたに伝えたい。
声の限り、ありがとうって。
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