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声の限り30
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俺は手紙とタオルを丁寧に片付けて、部屋着に着替えた。
学校に行かないってことは、やることがないってこと。
勉強も、もうどうでもよく思えてきたし。
朝食でも作ろうとキッチンに行こうとしたその時、外から叫び声が聞こえた。
「ふーくーなーがー!」
はっきりと、俺の耳に届いた。
俺が伊達工に来て最初に聞いた声。
何度も俺を救った、優しい声。
俺の大好きな声。
俺は躊躇なく玄関を開けた。
その瞬間入ってきた外の光に、思わず目をつむる。
直後、俺の腹に衝撃があった。
「ぐふっ」
「福永ァァァァ!!」
気がつけば、茂庭さんが抱きついていた。
その勢いで俺は倒れる。
「茂庭さん、学校は!?」
「よかった元気そうだな!!声戻ったのか!?」
茂庭さんは俺に詰め寄る。
厚手のカーキ色のダウンに身を包んだ茂庭さん。
学校にいく気はなさそうだ。
そして俺の質問に答える気も全く無いらしい。
…って、え?
「茂庭さん、俺の声のこと知ってたんですか?」
声のことは二口にしか話していないし、茂庭さんには気づかれないようにしてたのに。
「気づかないわけないだろ?それに二口から全部聞いた」
茂庭さんは急にぶすくれて、頬を膨らませた。
怒ってるんだろうけど、可愛い。
「俺、言ったよな?困ったことがあったら力になるって」
確かに言った。
初めて俺たちが出会った日に。
「…はい。覚えてます」
「なんで声のこと言わなかったんだよ。二口には言えて、俺には言えないのか」
「だって、茂庭さんを困らせたくなかったし」
「そんなこと言うなよ」
茂庭さんは俺の頭をなでた。
何回も何回も、俺がやめてくださいって言ってもやめなかった。
「ごめんな、たくさん迷惑かけて、たくさんお前から奪って」
じわり、と自分のズボンが濡れた。
それは茂庭さんの涙だった。
「謝らないでください。俺がしたくてしたことだから」
そう言った俺の声は震えていた。
でも、多分笑顔で言えたはず。
だってあれは本心だ。
「茂庭さんのおかげで得たものだってある」
「え…?」
茂庭さんは顔をあげた。
涙でぐしゃぐしゃのその頬に、俺はそっとキスを落とす。
「声。それから茂庭さんの笑顔」
その代償にバレーと学校生活を奪われたけど、そんなのどうでもいい。
それ以上に俺は今、幸せだ。
「茂庭さん」
嬉し涙なら、もう我慢しなくていいでしょ?
今までの悲しみが今日この日の喜びのためにあったなら、俺はその悲しみを全部受け入れるさ。
「たくさんの優しさをありがとう。俺を強くしてくれてありがとう。俺に幸せを教えてくれてありがとう…!俺と出会ってくれてありがとう…」
「福永、言い過ぎだよ」
クスッと笑った茂庭さんは俺の涙を優しく拭ってくれた。
だけど溢れる涙はとどまることを知らない。
雫は光を反射してキラキラと輝いている。
ああ、よかった。
まだ俺の涙は渇ききってなかった。
泣き方を忘れてなんかいなかった。
胸に秘めていた『ありがとう』が止まらない。
茂庭さん、まだまだ言い足りないよ。
俺がどれだけあなたに救われたか、わかってないでしょ。
この声の限り、あなたにありがとうを贈ることを誓おう。
あなたがくれた幸せのぶんだけ。
「福永」
「…はい?」
「お前に出会えてよかった。俺、今幸せだ」
茂庭さん…?
俺と出会えたことが、あなたの何かを変えたの?
俺は、あなたの役に立てたの?
「お前がいたから、俺は笑顔でいられてるんだよ。でも俺は、福永にずっと幸せでいてほしい」
茂庭さんの目は真剣そのものだ。
「で、でも、俺今幸せ…」
「これからだよ。遠く離れても、俺はずっと福永の幸せを願ってる」
茂庭さんは俺の額にキスを落とした。
そして優しく微笑む。
確かに、もう作り笑顔じゃない。
心から笑ってる。
「…茂庭さん、大好きです」
「俺もだよ、福永」
真っ白な雪の朝、俺たちはもう一度強く抱き合った。
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