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校内を生徒と並んで歩くのは初めてのことで、少し緊張する。
人間との関わり合いをなるべく避けていた俺にとって、今の状況はとても新鮮なこと。
佐藤くんが、気にかけたくなる挙動をするのがよくない。今だって、見えづらい視界で俯いて考え込みながら歩いているから、何度か人にぶつかりそうになっている。さっきなんて、壁に謝っていたくらいだ。
見ていて楽しいから、注意をするつもりはない。
「あ、佐藤だ」
遠くの方で聞こえた声に、耳を傾ける。コソコソと話しているようだが、その声に嫌な笑い声が混じって気分が悪い。
俺が振り向くと、視線を逸らして知らん顔をした。見かけたことがない顔だから、きっと俺は教えたことがない生徒たちだろう。
女が2人男が3人の、不純そうなグループ。
染髪して傷んだ髪の毛が、さらに彼らの頭を軽く見せていた。食欲も、性欲も、なにもそそられない。
危なっかしい佐藤くんを引っ張りつつ、彼らの視界から外れる。
佐藤くんが俺に何を相談したいのか、今のでふんわり分かった。身構える必要がなくなったのは良いが、やはり佐藤くんの独特な雰囲気は目立ってしまうのだろう。
隠されているものの中身を覗いてみたいと思うのは、本能的なこと。
佐藤くんの前髪は、彼のリアクションもそうだが、探究心をくすぐる。ろくに抵抗もしなさそうで、声を荒げることもない。刺激に飢えた学生からしてみれば、これ以上ない暇つぶしだろう。
「佐藤くん、ほら、助手席乗って」
「あ、はい!」
後ろにぴったりくっついて運転席側に来てしまった佐藤くんに声をかけると、丸まっていた背中がピンと伸びて大きな声で返事が返って来る。
硬直する佐藤くんを放っておいて、先に乗り込んでエンジンをかけた。
「早くしないと遅くなるよ」
助手席のドアを内側から開けて手をこまねくと、長い前髪を左右に揺らして見回す。
「し、失礼します……」
誰もいないことを確認したのか、大きな体を小さく畳み、慣れない足取りで車内に足を踏み入れた。
座席に収まった佐藤くんは、重そうなリュックを抱きしめて硬直している。
「佐藤くん、ドア……」
あまり驚かさないようにと優しく言ったつもりなのだが、声も出さずに体だけわたつかせると、俺が言った通りに扉を閉めて、シートベルトも締めた。
またリュックを体に密着させ、大きな塊のようになってしまったが、きっと彼が落ち着く最善だろうし、あえて何も突っ込まない。
ガチガチに硬直した地味な学生と、ド派手な髪のスーツの男との組み合わせは、側から見たら佐藤くんが連れ去られているようにも見えるだろうか。というのも、信号で止まるたび通行人の目から感じる感情が、哀れみが大半を占めているからだった。
隣を見ると、佐藤くんはまだ固まっていて、無理に誘ってしまったことを後悔する。
引き返すかとも聞けないため、黙って信号が変わるのを待った。
「佐藤くん」
「っは、はい!」
車体が揺れるほど驚いた声を出し、俺の方に体を向ける。緊張しているのか指先が赤くなるほど膝を握りしめていた。
「窓の外、見ててみな。なんだったら窓開けてもいいよ」
信号が変わって、佐藤くんから視線を外して前を向く。佐藤くんは身じろいで体勢を整え、窓の外に意識を向けた。
長いトンネルの中に潜る。真っ暗になった界が開けた瞬間、佐藤くんが息を飲む音がした。
「もうすぐ着くからね」
俺の言葉にぶんぶんと首を縦に振って、また窓に張り付く。
煌めかせて笑う佐藤くんの顔を想像することしかできないのが、残念だった。
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