アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
5
-
「ミロくん、なんでこんなところいるの。」
後ろから声をかけられ、振り向く。誰でもない俺に向けられたその言葉を発したのは見覚えのある男。
(あぁ……めんどくさい)
そいつは、俺がずっと連絡を無視し続けた先週の男で、たまたま出くわすなんてなんと間が悪いんだろう。
これから仲良くしようとしていたおじさんの腕を離し、謝罪の言葉と埋め合わせをするという交換条件を提示し、その場を去ってもらった。
下手にあのおじさんに味方面されるのも気に障る。
一歩ずつ近寄ってくる男は、俺の顔を把握するなり頷いた。
「やっぱりそうだ。なんで俺の連絡無視するのかな。さっきの男は誰?あんな汚いのとよく寝れるよね。」
まるで自分は綺麗だと言わんばかりの言い様に、嫌気が指す。
男の言葉になに一つ返さずだんまりを続ける。下手に言葉を返して逆上されればより面倒なことになるのは分かり切っていた。
一度寝て少し甘えたくらいで彼氏気取りの男にウンザリして声に出さない不満がため息として外に出る。
「誰とでも寝て……あの時またあってくれるって言ったのは誰だよ」
男の周りには人が集まってくる。
かすかに俯く俺に罵声を浴びせるこの男は、執着深い醜い男に見えているだろう。周囲のヒソヒソと話す声の中、男は頭に血が上ってきたのか握った拳を震わせていた。
多少殴られるくらい、俺にはどうってことなかった。殴るならさっさと殴ってどこか別のところに行って欲しい。
しかし、男は尻ポケットに手を伸ばし、斜めに先が尖った刃を押し出す。ストッパーの音が鳴り、長さにして5センチほど刃が剥き出しになっていた。
(おい、そこまで恨むか、普通……)
普通じゃないからこんなことになっているんだとは思うが、それにしても酷い理由だ。
たかが連絡を返さない程度でこうなってしまうなら、もう他人と関わることをやめた方が懸命だろう。
こんな男を捕まえてしまって、なんでよりによって久しぶりのいい日だった、この日に不運な目に遭うとは。
「落ち着こう、連絡を怠ったのは俺が悪かった。だからそれ置いてくれないかな」
な、と念を押して伝えると男は口をもごつかせて、閉じた唇を一本に結ぶ。下ろして行く腕を見て、ほ、っと息をついて一歩近寄った。
手を差し伸べて、カッターナイフをこちらに渡すよう促す。ヂッと音を立てて刃をしまうと不服そうな顔をした男はこちらに向けて差し出した。
「ありがと」
受け取ろうとした時、男の指がまだ刃を出すストッパーにかかっているのが見えて、まずい、と出した左手を引っ込めようと力を込める。
だが判断を鈍った俺は間に合わず刃を出す音と、掌に刃が入って行く感触だけゆっくりと感じる。
アスファルトに垂れる赤い血に、やられた、と舌打ちをした。
こんなことになる予定はなかった。
幸いにも痛む声が出なかった。救急車でも呼ばれて人間の病院に連れて行かれでもしたら、間違った処置をされてしまう可能性がある。
後ろによろめいて距離を取ると、男の様子がよく見えた。男の足、唇、手と震えが伝染していき、血のついたカッターを地面に軽い音を鳴らして落下させた。
その音に何人かが反応していたが、そこまで詳しくは見えていないようだ。
男が落としたカッターに手を伸ばし、刃をしまう。かなり深く刃が入ったらしく、思っていたよりも大きく口を開いていた傷口からは、鮮明な色をした血液が辺りにその香りを振りまいていた。
「……まったく、もうやるなよ」
腰を抜かした男に見下ろして言うと、ひっ、と顔と声を強張らせて返してやったカッターナイフを持って走り去って行った。
「そんな怯えるような顔してたかな……」
腰を抜かさなかっただけ、まだ強い方なのかと、腰を引かせながら不恰好に走る様をすこし見ていた。
「あー、どうしようか、これ……」
ため息交じりに呟くと、それは自分に返ってくるだけで、受け止めてくれる相手はいない。
(帰るか……)
ヤる気満々だった体はかすかに疼くが、仕方がない。
おとなしく家で手当をしようと歩き出した時、後ろに手を引かれた。
今日はよく引きとめられる日だと、引っ張った相手を見て、目を見張った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
5 / 65