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「やぁ、いらっしゃい」
目元と口元に深いシワのある白髪の老人が、俺を出迎える。
毛足の長い眉毛を下げて目を細めて優しく笑った。
「先生、具合は如何ですか?」
「すまんね。急だったのに代わってもらってしまって」
「それはいいんですよ」
言葉の間に咳を混じらせながら、綱島教授は話す。
歳のせいか、つい先日肺炎を拗らせてしまったようで、まともに講義はできないという判断をしたそうだ。
講義の変更は1週間前にするのが基本であるし、生徒のことを思うとできる限り休講はない方がいい。
なぜ俺を選んだのかは謎だが、俺の素性も事情もほぼ把握している唯一の教授で、かなりお世話になっている。
「もうだいぶ良くなったから私がやっても良かったんだが。大事を取れと」
「ええ。その方がいいですよ。……今日の講義、シラバス通り進めておきました。今日使った資料はこちらで、ここの内容は全て終わってます。受容体の話はいまいち反応が良くなかったので、理解してる生徒は少ないかと……」
「ああ、そうだね。その辺りの深い内容は別の講義で説明があるだろうから、心配せんでいい。あの、薬理の宇野がやってる講義がある」
「宇野さんなら安心ですね」
他愛もない会話。
中身はあっても大した内容ではない会話は、休息にはもってこいだ。
程よく周りのことを忘れ、程よく肩の力が抜ける。
この人は、とても落ち着いた空気を出していた。
椅子に深く腰掛けていた綱島教授は、身じろぎをして俺の目を見てきた。
彼の薄黄色くなってしまっている白目と、薄く濁った黒目が俺を捉える。
「何か心配事があるなら、私でよければ聞くからな。私の方が年下で何も言えないかもしれんが」
「はは、それでも40年ほどしか変わりませんよ。立場上、どうにもならない相談は、させていただくかもしれません」
綱島教授は、何かを悟ったのか頷くと、静かに目を閉じた。
その表情が、なぜか少し陰っているように感じたのは、気のせいではないだろう。
出会ったときよりもずっと小さくなった肩や背中を見ると頼りなくも感じるが、大きな皺だらけの手や優しくもドンと構えた話し方は、歳を重ねた俺よりずっと頼もしい。
ただの食料でも、俺らと同じ頭がある。
教授を見ていると、自分がとても小さい存在に思えた。
「先生、ありがとうございます」
「はは、私は何もしてないよ。むしろお礼を言うのは私の方だ。君はとても優秀だから頼りにしているからね、これからも頼んだよ」
綺麗に白くなった髪が、笑うのに合わせてふわふわと揺れた。
連想されそうになることから思考を遠ざけて、消えてくれと念じる。
「それでは、また。来週も担当ようでしたら連絡くださいね」
教授は、そうだね、と言って目尻のシワを深くした。
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