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「世留、真緒。やっと来た。」
A組のドアを潜ると、待ち伏せしていたのか見知った顔が立っていた。
俺たちの顔を見ると、ニッと顔を綻ばせる。
どうやら新しいクラスに顔見知りがいたというのが嬉しいらしい。
「なーんだ。アカリンも同クラ?」
「ちょっと、なんだってなによ。不満そうに言われるとムカつくんだけど。」
「うーん。まぁ、アカリンおっぱいだけはデカイから許す!」
「お前だけはブン殴る。」
戸田 灯。
真緒と同じ幼馴染みの一人。
下町で生まれたせいか、一見ギャルな見た目に反して無駄に男気がある。
それが彼氏が出来ない要因かもしれないことは、面倒だから本人には黙っていようと思う。
灯の横にいるのは見覚えのない女子生徒だった。
綺麗な黒髪を長く伸ばしており、芸能人のように顔が小さい。
……いや、どこかで見たことはあるかもしれないが、なんという名前だっただろうか。
「って、アレェ。潮さん?潮さんももしかして同クラ?」
「うん。よろしくね、神崎くん。浅陸くんも。」
「どうも。」
「真緒、沙和子に手ェ出したら下半身不能にするから。」
「怖っ。」
思い出した。
潮 沙和子。学年に可愛い子がいるとか言って、真緒が随分前に騒いでいた。
どうやら灯の友達だったらしい。
「世留、ネクタイ曲がってるわよ。」
「結び方わかんねぇんだよ。ちょっとやってくれる。」
「嫌。あんたと絡んで変に敵増やしたくないもん。沙和子も関わっちゃダメ。」
灯の言葉に、無情にもニコッと微笑む潮。
これは、つまりそういうことらしい。
別にこのまま始業式に出たって一向に構わないが、こう何度も指摘されれば、さすがに気になってくる。
ネクタイを綺麗に結べている奴をざっと見渡して探す。
すると、すぐ後ろの席に座る男子のネクタイが視界に映る。きっちりと真っ直ぐ締められていた。
「あー、あの。ごめん。ちょっとネクタイの結び方教えてくれる?」
「ひゃっ、なっ…なに……?」
どうやら彼はヘッドホンをつけて音楽を聴いていたらしく、突然話しかけたものだから驚いたのか大きく肩を震わせた。
ヘッドホンを外し、俯き気味だった顔を恐る恐るあげる。
なんですか?ともう一度、丁寧に言葉を発した。
「ネクタイ、俺の曲がってるんだ。結び方教えて。」
「あ、あぁ。えっと、まず…。」
そう言って、彼は自分のネクタイを解いて説明を始めた。
俺もそれに習ってネクタイを結ぶが、どうにもうまくいかない。
不器用な方ではないはずだが、何故ネクタイだけはうまく結べないのだろう。謎だ。
「えっと…ごめん。言われた通りやったんだけど…。」
「……ちょっと、貸して下さい。」
彼はいい加減焦れたのか、俺のネクタイを受け取ると、背伸びをして俺の首元にネクタイを器用に締めた。
自分でやった時が嘘のように真っ直ぐに伸びるネクタイ。
彼の早業を見て、俺はどんなマジシャンよりも凄いと思った。
「ありがとう。慣れてるな。」
「たまに、親のネクタイとかもやるから。」
「へぇ、凄いな。」
それ以上の会話が広がるわけでもなく、言葉少なに、ネクタイの彼は再びヘッドホンをつけて途中にしていた読書を再開した。
果たして、これほど長く伸ばした前髪は読書の邪魔ではないのだろうか。
……と、そんなことを考えてみたものの、それ以上に面識のないクラスメイトにネクタイの結び方を教えることの方が彼の読書タイムを妨害している。
申し訳ないことをしたと思いながらも、ネクタイの出来には満足している。ありがとう。
「ほら。これで文句ない?」
「いやぁ、世留くんの行動力には時々驚かされますわ…。」
自慢しようと思い、ネクタイの出来を見せびらかせば、思っていたのと違う反応が返ってきた。
話を聞くと、先程のネクタイ結びの達人の彼は"安藤 陽汰"という名前らしい。
安藤は、そのおとなしすぎる性格のせいで一年の時は「陰キャラ」と呼ばれていたそうだ。
伸ばした髪と黒縁眼鏡のせいで殆ど顔は見えず、言われてみればそれが余計に周りと壁を作っているようにも感じる。
まぁ、確かにおとなしい奴かもしれないが、五月蝿すぎる奴よりかはマシだと思う。
普段から五月蝿すぎる取り巻きを見ていれば、余計にそう実感する。
「私、一年の時同クラだったけど、授業外で安藤が教師以外の誰かと話してるの初めて見たかも。」
「仲いい奴は?」
「さぁ?見てる限りはいないみたいだけど。」
灯曰く、安藤は虐められていたわけではないが、どことなくクラスから浮いていたと言う。
まぁ、本人はさほど気にしていないみたいだし、それでもいいんじゃないかと思う。
自分もどちらかといえば一人が好きなタイプではあるから、気持ちが分からなくもない。
一人は気楽だ。気を使わなくてもいい。自分のペースで生きられる。
これは一人暮らしをしてから、気が付いたことだった。この年になれば寂しいということもない。
「あ。そういやなんかいい匂いしたかも。なんか懐かしい系の…。」
「なんと!女の香水にうるさい世留くんが認めた安藤くんの体臭だと……!?」
その後、しばらく真緒とあーでもないこーでもないと話している間にチャイムが鳴って、ホームルームが始まってしまった。
結局、懐かしい匂いの正体は分からずじまいだったが大して気に留めることもなく、次第に記憶の片隅へと追いやられていった。
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