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罪責感(2)
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片耳の聞こえない僕はその後様々な努力を強いられた。障害者申請はできなかったから『普通』の人と混ざって勉強した。片耳だけでは言葉を取りこぼすことが多い。だから相手の口の動きを読む練習をしたり、聞き逃さないよう会話に集中することで疲労が増したり。そんな僕に征兄はずっと付き添ってくれた。高校に入ってからも友達は多かったはずなのに、征兄は遊びに誘われても
「弟の面倒を見るから」
その一言を繰り返して僕の勉強を見てくれたり、口の動きを読む練習に付き合ってくれたり、外に連れ出したりしてくれた。征兄が大学に行くまでの三年間、二人三脚で頑張った。有名大学に進学して家を出てからも、征兄は僕が心配だからと週末には必ず家に帰って来てくれていた。僕の為にそこまでしてくれた征兄に努力の成果を見せたくて、成績優秀な征兄が選んだ高校に僕も進学した。そこで征兄がいろいろなことを僕の為に我慢して、犠牲にしていたことを知ったのだけれど。
いつか恩返しをしなければ、と心に決めた。
大学も征兄と同じところを選んだ。もっとも征兄ほど頭は良くなかったから学部は違うけど。
僕の大学通学に際して、既に就職して家を出ていた征兄が
「一緒に住まないか」
と言ってくれた。征兄が大学時代から住んでいるアパート。2DKで一部屋が広く、その上かなり安いという好条件物件。出るにはもったいないと就職を決めた後も兄はそのアパートにそのまま住んでいた。交友関係が多数ある兄のところに手のかかる僕が同居で入るなんて迷惑になるから、と断ったんだけど。
「大学に行くなら実家(こっち)よりも近い|アパート(あっち)の方が良いでしょ。うちも余裕ないし、あなたたち仲良いから大丈夫よね」
僕の知らないうちに話は進み、よろしくね、と母は征兄に頼んでしまっていた。
僕の方は大学が近いから同居してもいいけれど、征兄はアパートに彼女も呼べなくなるのにいいのかな。
そんな心配は見事に当たり、征兄は同居してから彼女どころか誰もアパートに入れていない。泊まりで出かけることもあまりしない。何よりも僕の耳のことを優先してくれてて、疲れないようにしてくれているんだと思う。いつも自分のことよりも僕を優先してくれているとても優しい兄。本当に申し訳なくて、せめてもと食事と洗濯は僕が担当でしている。
かくいう僕は友人、と呼べる人が少ない。耳の件以来『聞く』ことに疲れて言葉少なく人付き合いも最低限になったから。大学の友人は僕の耳のことを知っている。特に福祉科の友人たちは正面から声をかけ、一人ずつ右耳から話しかけるようにしてくれている。
けれどそのうちの誰かをこのアパートに呼ぶ気は無い。征兄との空間はとても居心地が良くて、誰にも邪魔されたくないから。
そんな同居生活だったけれど、あの日征兄は裕大さんをアパートに連れてきたうえにお茶を出してもてなしていた。裕大さんは僕がこのアパートに来てから初めて入った他人。征兄は喧嘩別れをしてしまった裕大さんのことを好きだったのかもしれない。再会して、その思いが再燃したのかも。
そうだとしたら裕大さんとは両想いで、僕はまた邪魔者になる。征兄との同居を解消した方が良いのかもしれないなと漠然と思った。そんな僕の思いを裏付けるかのように裕大さんは毎週末、僕らのアパートにやって来るようになっていた。
裕大さんはどうでもいいけれど、僕には征兄への恩返しがある。僕が邪魔になるようなら、このアパートからすぐに出て行こう。
そう決めた。
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