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歳の差(18歳×7歳)バージョン
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月岡(つきおか) 健也(けんや)には征也(せいや)という十一歳離れた兄がいる。その征也には親友に杉尾(すぎお) 裕大(ゆうだい)がいて、二人は高校三年生でクラスメイトだ。容姿端麗で頭脳明晰で征也と、男前で体格がよくて運動神経抜群な裕大の二人は近隣でも有名で、そんな二人は何故か気が合う所が多くてよく月岡家で勉強したり遊んだりしていた。
健也と征也は兄弟仲がとても良く、また健也は裕大にとても懐いていた。健也は征也のことを『征兄ちゃん』、裕大のことを『裕兄ちゃん』と呼び、征也の部屋で過ごすことが多かった。
その健也が裕大に遊んでもらい、慕っているうちに芽生えたのは恋心だった。幼い健也はそれを隠すことなく正面から裕大にぶつけていたのだが、二人の進路が異なっていることで彼が苛ついていて、彼が征也に劣情を抱いているなど健也にはわからなくて。
征也の部屋で何か覚悟を固めた様子の裕大に気づかず、健也はいつものようにはしゃいで駆け寄って
「いらっしゃい! きょうは……」
「お前になんか用はないんだよっ!」
なにをして遊ぶ、と言う前に 荒んだ声と共に力任せに叩かれ健也の小さな体が飛んだ。裕大に叩かれたのだ、と健也が気付いたのは大分たってからで、それまでは何が起こったのか何を言われたのかさえわからない状態だった。
「いつもいつも、邪魔しやがってっ!」
自分より六十センチは高い男に憎悪の目を向けられれば、七歳の子供(けんや)は怯えるしかなかった。例えそれが大好きな兄の親友であっても、先程まで恋心を抱いていた相手であっても。健也の大きな瞳にたまる涙を見てさえも裕大の罵声がやむことはなかった。彼の怒りの声が、言葉が少年を容赦なく襲う。
「何でお前はいい所で邪魔ばっかりするんだ! 少しも征也に似たところがない弟なんて、全然可愛くないんだよ! お前なんかいなくても構わないんだよっ!」
健也が理解したのは裕大が征也のことが何年も前から好きで、その思いを征也に告げようと覚悟を決めてやって来たのに、またもや健也が邪魔をした。いつもと征也と二人きりにさせない健也のことが許せない、しかも征也に欠片も似ていない弟……健也など存在していなくてもよかった、ということだった。
全身を打ちつけたのであちらこちらに痛みもあったが、それ以上に彼に嫌われていたと言う事実による胸の方が痛んでいた。とうとう耐えきれず、健也の涙は零れ
「ごめんなさいごめんなさい」
瞬きを忘れ、壊れた機械のように何度も『ごめんなさい』を繰り返して、叩かれた左側頭部を押さえてふらつきながら誠也の部屋を出た。そしてそのまま自分のベッドに潜った。
布団の中で自分の存在を隠すかのように蹲る。
裕兄ちゃんを怒らせてしまった。裕兄ちゃんに嫌われていた。征兄ちゃんに顔向けできない。裕兄ちゃんに叩かれたことを征兄ちゃんが知ったら裕兄ちゃんはまた怒る? 僕のこと、もっと嫌いになる?
そう思って健也は征也には知られぬよう、声を殺してただ泣いていた。
その後しばらく健也の左耳は初めて知る痛みに襲われていたが、そのことは誰にも言えなかった。裕大に『お前なんかいなくていい』と言われたことの方がショックで胸が痛み、耳よりも胸を押さえていることが多かったのだ。そんな時は
「健也。胸がどうかしたのか」
征也に訊ねられることがあったが、心配を掛けたくなくて健也はただ首を振ってなんでもない、と示すだけであった。
あの件以来も裕大は月岡家にやってくる。征也の部屋から二人の楽しそうな声が、笑い声が聞こえてくる。健也は裕大に会いたくなくて、彼がいる間は『宿題があるから』を自室にこもり、布団の中で震えていた。
「最近、こっちにこないな」
健也が訪室してこないことを征也が不思議そうに聞いてきたこともあったが、
「ようやく健也もお兄ちゃん離れしたってことでしょ」
自身よりも兄に懐いていたことの寂しさを含めて母親が常に言葉を返さぬ健也の代弁をしていた。そんな日々が過ぎ、気が付けば耳の痛みもなくなったが裕大の前に姿を見せる勇気は健也にはいまだになかった。
「征兄ちゃん! 急に叩くの、やめてよ」
「お前、何言ってるんだ?」
眉間に皺を寄せた征也の問いかけに、健也は問われた意味がわからずじっと兄を見る。
「俺の声、聞こえてるよな?」
窺うように顔を見られて健也は小さく頷く。それを見て征也は反対側に回り肩を叩くと健也は驚いて体を震わせて怒鳴った。
「だから征兄ちゃん、ビックリさせないでよっ!」
「お前……母さんっ!」
征也は母親を呼び、どうしたのと駆け寄った母親の前で先と同じことを行った。もちろん健也の示す反応も先と同じだ。不安そうな表情の二人に健也は首をかしげる。
「何かおかしいの?」
聞いても二人はその答えは明確にせず
「健也。明日、病院いこうね」
しゃがんで健也と同じ目線にして、母親が言い聞かせるように言った。
「病院? 僕、どこも悪くないよ?」
健也は病院という場所が怖くて行きたくないと母親に訴えたが、結局翌日、母親に付き添われて耳鼻咽喉科に連れて行かれた。そこでいくつかの検査を健也はし、医師に質問された。
「左の耳は痛かった?」
「うん。でも今は痛くない」
「いつ痛かったの?」
「もう覚えてない」
「いつからこっちの耳が聞こえづらくなった?」
医師が健也の左耳の辺りに手を当てると、健也は蒼白になり身体を硬直させた。それを見て医師は訝しむ表情を一瞬みせたが、健也の耳から手を離して幼い身体の緊張が解けるのを待ち、安心させるように微笑んだ。
「健也君。耳、聞こえにくくなかった?」
「……わかんない」
「この辺りを叩かれたりとか、大きな音を聞いたりとかはしてない?」
医師は指をかすめる程度で健也の耳を示したが、健也は再び裕大に叩かれた瞬間が蘇った。大きな手が左耳を叩いた時の衝撃。邪魔で憎い、と睨み罵る裕大。その後の耳と胸の痛み。
彼に叩かれた、と言ったらまた僕は彼に怒られる。今度は反対の耳を叩かれるかもしれない。
―――怖い、怖い、怖いっ!
真実よりも、治すことよりも恐怖心が勝った。
「……わかんない。覚えてない」
ふるりと首を振って俯き、黙り込んだ健也をしばらく医師は見ていた。その後母親と話を始めたが、健也が知っている単語は「不明」「治らない」「ストレス」くらいで、他の言葉は難しくて理解ができなかった。
「健也君。ちゃんとお薬飲んでね」
そう言った医師が処方した薬を受け取り、健也は母親と家に帰った。
その夜、健也も交えて家族会議が開かれた。父と母が隣同士で、対面に健也と征也が据わる。場の空気だけで不安になった健也を、征也は抱き寄せた。そこで改めて健也は『左耳が聞こえていない、治らないかもしれない』という医師からの言葉を母親から告げられた。
「俺がいるから、お前の支えになるから一緒に頑張ろうな」
「征兄ちゃん、が?」
「お父さんもお母さんも一緒だよ。でも、俺が健也の耳の代わりになるから」
「……いい。僕、征兄ちゃんに似てなくて『いらない弟』だし、そんなことしなくてもいい」
征也の腕の中で小さいながらも告げられた健也の言葉に、両親も征也も唖然として言葉を無くした。
「健也。それ、誰かに言われたの?」
母親が健也に慌てて訊ねると、健也は目をくるりと動かした後小さく頷いた。
「……誰に?」
その質問にはふるり、と首を振った。この動作は健也がこれ以上何も話さないと決めた時の動作だ。両親も征也もそれは十分理解していたので三様に深い溜息を吐いた。
「先生からはストレスが関係している、って言われたんだよな」
「ええ」
「その言葉が相当ショックだったんだろうね」
沈痛な面持ちで父親、母親、征也が言葉を交わす。健也に言われるまで7歳の子供(オトウト)が18歳の兄と比べられることなどないと思っていた。まして『いらない弟』と誰かに言われるなど想像もしていなかった。
「健也。お前は俺の大事な、可愛い弟だよ」
抱きしめる力は緩みなく不安も吹き飛ばすほどの笑顔で断言されれば、健也自身も気付かずに安堵の息を吐いていた。それから上目遣いで兄を窺い見る。
「ほんと?」
「本当だよ。片方の耳だけだと聞き取りができないことがあるから、話す人のお口の動きも見るようにしような。それから学校でわからないことも増えると思う。だから俺と毎日一緒に予習復習しよう」
健也は兄の言葉を嬉しく思ったが、脳裏を過るのは眦を吊り上げた裕大の顔。征也との時間を邪魔すれば、また怒鳴られる。今度は右側も叩かれるかもしれない―――
「……でも、征兄ちゃん。……ゆ、……う兄ちゃんが」
「裕大とはこの間ちょっと、喧嘩してな。今は遊んでいないんだよ」
裕大は気にしなくていいと征也が苦笑する。
けんか……したんだ。
ここ数日裕大の声を聞かないと思ってはいたが、温厚な兄とけんかをしていたとは思いもしなかった。それでも二人は仲が良かった。いつかは仲直りをするはずだ。
「でもね、征兄ちゃん。ゆ……う兄ちゃんと仲直りするまででいいよ」
だって裕兄ちゃんにとって僕はいなくてもいい人間だもの。
その言葉を健也は喉で押しとどめた。
「俺が裕大よりも健也の面倒をみたいんだよ」
健也の真っ直ぐな黒髪を優しく撫でて征也は微笑む。大好きな兄の言葉に健也はありがとう、と呟いた。
その後、征也は己の言った通り健也の面倒をよく見た。勉強に付き合ったり口の動きを読む練習をしたり、聞き逃さないよう会話に集中することで疲労が増した健也を労わったり、人との交流を避けるようになった健也を連れ出したりした。
その間征也と裕大との和解は進んでいないようで、裕大が月岡家にやってくることは一度もなかった。
「お兄ちゃんっ子に戻っちゃったわね」
仲睦まじい兄弟を見て母親は苦笑したが、それでも健也の笑顔が増えてきていることを知っているので仕方がないわと零すに留めていた。
健也が算数の勉強を終えてジュースを飲んで休憩を取っていると、
「健也。因果応報って知ってるか?」
目を細めて征也が尋ねた。
意味どころか単語も知らない健也は首を傾げる。
「いん、が、おうほう? 知らない」
「そっか。そうだな。因果応報って、している行いがいずれ跳ね返ってくる、って意味だよ」
「え、と。いい事したらいい事がきて、悪い事したら悪い事がくるってこと?」
「そうだよ。健也がこうやって一生懸命頑張っているんだ。その結果はきっと良いこととして何かが起こるよ」
征也にぐりぐりと頭を撫でられるとその温かさとくすぐったさに健也が笑みを零す。征也の言うことは間違いがないと健也は知っている。
良い事が起きるといいな、と健也は思った。
征也は大学受験を終えて帰宅する時間が早くなっていた。
今日は理科と国語を教えてもらおう。
健也はそう考えながら小学校を出て家路を急ぐ。その健也に急に落ちた影。
誰かが前に立っているのだと顔を上げてみればそこに立っていたのは
「ゆ、う……兄ちゃん?」
「久しぶりだな、健也」
あの日以来目にしていなかった裕大だった。裕大の大きな体を見て身を震わす。
裕大の“邪魔”を健也がしてしまった結果、
―――嫌われた
―――恋が破れた
―――大きな男性に恐怖を覚えるようになった
―――左耳が聞こえなくなった
これが征也の言っていた『因果応報』なんだ。
裕大を見ながら健也は思った。
「そんな怯えた顔するなよ。帰るんだろ。一緒に行こう」
行く? 僕の家に?
健也は息をするのを忘れ、言葉も出なくなった。
「征也と喧嘩してさ。仲直りしたいんだけど、健也がいた方があいつも俺の話聞いてくれそうだから」
「……僕、いら、ない、おとう、とって……」
「っ悪い! あの時は感情に負けて子供相手に酷いことした。ごめんな」
裕大が膝を曲げ、大きな体を低くさせる。そして健也の頭を撫でようと手を伸ばした。
以前は裕大の大きな手が力強くて頼もしく思っていたが、今は恐怖でしかない。
その手が身体に触れようものなら……
「っいやっ!」
触れないで、と身を捩って裕也の手から逃れる。
そのまま小さく蹲って体を震わせた。
怖い、怖いっ
消えて、消えてっ!
恐怖だけが健也を包み、消えてと願う健也の意にそぐわず、恐怖の対象は動揺しているものの立ち去る気配は見せなかった。
「健也」
「……健也?」
戸惑う裕大の声と同時に耳に馴染んだ声で名を呼ばれた健也は、一目散にその人物に駆け寄り抱き付いた。
「征兄ちゃん!」
震える身体で力いっぱい征也の足にしがみ付く。まるで征也の足が命綱であるかのように―――
健也が流す涙でズボンが湿っていく感触に征也は驚いたが、幼い弟を落ち着かせようと『健也、大丈夫』と何度も繰り返して優しく健也の頭を撫でた。
数分後、鼻を啜りぐずぐず言いながらも健也は落ち着きを取り戻した。それでも征也の足から手を離そうとはしなかったが。それを確認した征也はホッと息を吐き、裕大に視線を向ける。
「なんでこんなところにいるの、裕大」
「それは、お前と話がしたくて……」
「なんでお前見て健也がここまで泣くわけ?」
「それ、は……っ」
言葉を濁す裕大を訝しみ、征也は健也を見る。
「健也。お前の耳……もしかして裕大か?」
征也の言葉に健也の身体がビクリと震えた。言葉は無くても、長年の付き合いでそれは是と見て取れた。
「健也の耳を奪ったのは裕大だったのかっ」
「耳? 何のことだ?」
裕大は征也の言っている意味が何もわからず、答えを求めて年の離れた兄弟を交互に視線を巡らす。
兄は怒りに震え、弟は俯いて震えていた。
「おい、説明を……」
「健也の左耳は聞こえないんだ」
「え?」
「感音性難聴か突発性難聴か、いずれにせよストレスが根底にあるらしい。健也は左耳に他人が触れると顔を強張らせるから、おそらく誰かに叩かれたんだろうと病院で言われたそうだ」
裕大は息を詰め表情を強張らせた。
「病院で健也は原因について質問されても『覚えてない』『知らない』しか答えなかったと聞いている。そうか、お前だったから、だから、健也は何も言わなかったのか。お前がっ」
「せ、征也っ」
語尾荒く詰め寄る征也とその気迫に気圧される裕大。その裕大の顔には苦渋がにじみ出ており、征也の言葉が正しいのだと証明していた。
「健也をいらない弟と言ったのもお前か?」
「それはっ……違うんだ。あれはちょっと……魔がさして」
「七歳の子供相手に、なんてことを言うんだよっ!」
怒鳴った征也は深呼吸を数回して息を整え、今度は低い声音で裕大に告げる。
「消えろ。もう俺達の前に来るな。二度とお前と話たくないし、健也に会わせたくない」
「征也!」
「消えろっ」
冷たい目で声で征也は言い切った。裕大と征也はしばらく視線を交えていたが、征也の表情から今は交渉できないと判断した裕大は何度も振り返りながらその場を立ち去った。
その場に残った征也は健也を護るように抱きしめた。
「せ、い兄ちゃん」
兄の胸の中で健也が兄の名を呼ぶ。呟きに似た呼びかけに征也はさらに強く抱きしめる。
「健也、ごめん」
「征兄ちゃ、ん」
「知らなくて、ごめん。もっと早く裕大のことを知ってたら……っ」
「征兄ちゃん、……っ大丈夫! 僕、大丈夫」
大丈夫、と言いながらも健也の大きな目からは涙が流れている。
「ごめんなさい、征兄ちゃん」
謝ることしかできない僕で、ごめんなさい。
健也は、その思いが届くようにと兄に回した腕に力を入れた。
そんな思いを察し、抱きしめる健也の右耳に征也は囁いた。
「健也。因果応報って前に教えただろう。裕大とのことは気にしなくていい。裕大がお前にしたことは俺との友情を解消するくらいとても悪いことだったんだ。それだけだよ」
そして左耳に囁く。
「お前は俺のモノなのに、よそ見なんかするから左耳を無くすんだよ。お前は俺だけを見ていればいいんだ」
―――因果応報だよ。
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