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君がいて俺がいる3 『不覚にも涙が出た』(木赤)
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初めての全国大会。それは彼の活躍と涙を見た、そんな試合だった。
試合終了のホイッスルは無情にもコートに響いて、スコアボードの得点は梟谷の敗北を知らせていた。
夏の全国大会は、ここで終わった。
最後の試合に、声を殺して泣く者、涙を我慢する者、そんな彼らに声をかける者と、今まで幾度と体験した場面に赤葦は唇を結んで耐えるしかなかった。
「すんません!俺が、俺があの時決めてれば……っ!」
2年でレギュラーの木兔が、3年の背に向かってそう叫ぶ。その声に振り向いた彼らは怒るどころか、俯くその頭をわしっと掴んでそして撫でた。
「バッカ、木兔、お前のせいじゃねぇよ!」
「そーだそーだ!むしろお前はよくやってたよ!」
「こいつより活躍してたんじゃねぇの?」
「おま!…でもその通りだよなぁ」
「せん、ぱい…っ」
「そんな顔すんな!お前らしくもねぇ!…来年は、お前が全国へ…いや、全国優勝へ導く主将になれよ!」
慰める側が逆に予期せぬ激励をもらい、木兔はハイ!と一言返事するのが精一杯だった。
涙で見送った先輩達が去った後の体育館で、木兔は一人、ボールを持ったまま立ち尽くしていた。
さっき迄の部員達のいた余韻はどこにもない。
夕暮れの独特の静寂が、ただただ彼を包んでいる。
「木兔さん」
開いていた体育館の扉から声をかけて来たのは、練習相手の見知った顔で。
振り向かず、木兔は「おう」とだけ言葉を返す。
赤葦はそれ以上何も言えず、いつもより覇気のない背中に近づいた。
「だっせえよな。俺ができるのなんてほんとバレーくらいなのに…さあ」
それは、初めて聞く弱音だった。
「次期エースだ主将だなんて言われても、俺は、こんなに………っ!」
ギュウとボールを握りしめ、続く言葉を彼はかろうじて飲み込んだ。言ってはいけないと、本能的に思ったのかもしれない。
赤葦も、その背にかける言葉を探して探して、そして、諦めた。
「…エースが、主将が…そんな弱気でどーするんですか」
優しくするのを、諦めた。
「これからは、泣いても笑ってもあなたが俺達を引っ張ってなかなかきゃならないんですよ。あなたは…木兔さんはこれからです。先輩達の分も、梟谷を強く…していきましょう」
ゆっくりと向いた瞳は、強さが戻っていた。
「へへ、『してください』じゃなくて、『していきましょう』か!」
「はい」
「よし!赤葦!お前副将な!」
「はい!?」
思わぬ発言に目を白黒すると、ニカッと笑顔を見せた。
「またへこんだらそうやってカツ入れてくれよ!あとはほら、俺は攻撃主体で難しいことは無理だから梟谷の頭脳はお前に任せる!」
「いや、それなら木葉さんとか、猿杙さんの方が…」
「やだ!俺はお前がいい!」
まるで子供だ。そんな暴挙が通じるわけないと赤葦は思い、分かりましたよと返事をした事を後で後悔することになる。
「うん!なんか吹っ切れた!」
んー!とボールを持った両手を天井へ伸ばし、背伸びをする木兔の顔は晴れやかだった。
それを見て、赤葦もようやく表情を緩めた。
「明日から、また練習相手よろしくな!」
「もちろんです」
「おう!んじゃ、帰るかー」
ボールを片付けに用具室に向かうすれ違いざま、それは耳にかろうじて聞こえた。
「お前が、いてくれて良かった」
その言葉に…不覚にも涙が出た。
ズルイと、嬉しさやら悔しさやらの感情がごちゃ混ぜに胸をかき乱す。
頬を伝う一筋の雫を見られたくなくて無造作に手の甲で拭い、これから共に歩む背を見た。
落ち込んだ時より、堂々と前を向くその背中の方が、自分ができる全てで何かしてやりたいと、強く強く、思ったのだ。
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