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何番目になってもにしおりをはさみました!
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何番目になっても
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撫でられたい。
例えそれが、遊びだろうと………………。
山代の部屋は、広い屋敷の一番奥にある。
ほとんどの来客は、組事務所として使われている母屋側で話は終わり、山代は自分の素顔を晒す事はない。
大和の前では、穏やかで美しい男に見える山代も、一歩外を歩けば一端の極道の親分。
簡単に笑顔を見せたりもしない。
だから大和が来た時、組員達は極力部屋へは近付かないようにしている。
大和は、特別。
山代組の、暗黙の了解。
「会ったのですか?…………………桜井湊に……………」
閉められた障子に西日が当たり、淡い茜色に染まる。
傾きかけた日は、落ちるのも早い。
気が付けば、障子から伸びる影が長い格子状の絵を描き、二人の座るソファまで届いてる。
落ちて行く日の寂し気な様が、まるで自分の今の心情を表すよう。
桜井湊。
山代は、それに興味を抱く大和の瞳を見つめ、微かに息を漏らした。
興味を抱く、瞳。
酷い人…………………それを、私へ向けるのですね。
久し振りに二人きりでいられる悦びが、あっという間に消えていく。
よりにもよって、桜井湊だなんて…………………。
「………………………ああ、会った。ええ男やったわ」
ええ男。
それでも大和は、山代の気持ちに躊躇うことなく、それを言い切った。
見た目も、雰囲気も、申し分ない色男。
目の肥えた自分の目がそう語るのだから、隠しても仕方がない。
灰皿に置いた煙草を手に取り、ゆっくりと口へ運びながら、大和はもう一度山代を捉える。
知っているなら、話せ。
同じ事を言わさすな…………………。
17歳でも、天下の竜童会若頭。
その顔は、例え相手が山代だろうと、容赦しない。
それがまた、山代の心を掴んで離さないのだから、惚れた弱味とは、時に非情である。
大和の強い眼差しを受けた山代は、そこに映る自分に耐え忍ぶしか術はない。
「ええ男……………………そうですね、桜井は誰が見てもいい男です。外見は勿論、中身も男気溢れ、真っ直ぐで………………とてつもなく揺るぎない。関東にいる極道者で、あの男を知らない者はいないし、悪く言う者もいない……………………」
そして、山代は静かに口を開く。
愛する人が、自分ではない方向を見ようとも、それに応えるのが側近の役目。
恋い焦がれる人は、いずれ天下を獲るべき男。
自分は全てを尽くしてこそ、側にいる意味がある。
「あ?そないに有名なんか………………あいつ。そのわりには、名前を聞いた事なかったな………………」
山代の話に、首を捻る大和の反応。
関東に来てから早々と耳にしたのは、山代。
菱川組の話が上がった時点で、高橋が真っ先に山代の事を言ってきた。
仮にもこちらは、全国一。
桜井だって、そこまで名の知れた男なら、放っておいても声が届きそうなもの。
「桜井は、元々派手に目立つのが好きではありません。無駄に動いて、事を荒立てる真似もしないですからね………………それに第一、桜井自体が3年ほど海外へ行っていたので、関東で名前を聞く機会も少なかったかと」
「海外………………………?」
「はい……………………桜井の組は、関東では中堅クラスの徳新会と言います。そこで桜井は若頭をしており、桜井が加入してからの徳新会は、目まぐるしく勢力を強めて来ました。誰もが桜井の人柄に惚れ込み、付いて行くからです。でも、所詮はまだまだ中堅……………桜井は、このままでは組の先も知れている。組の未来を描く為には世界を見、マフィア達ともパイプを持つべきだと、行動に移したんです」
「それで、海外……………………」
頭も切れると言う事か。
聞けば聞くほど、似ている。
大和は、手にした煙草の煙が細長く上へと繋がる様子を見ながら、桜井に出会した瞬間の印象を思い出す。
見上げた時のハッとした気持ち。
若き日の、嵩原竜也。
幼い時に見てきた父親の格好良い、眩しさを彷彿させる存在感。
まさか、そんな男がいたなんて。
「…………………………親父」
思わず口をつく、愛しい恋人。
誰が何と言おうと、自分の中で父親を越える人間なんていない。
父親が、絶対だからだ。
だが、桜井は間違いなく、それに近い。
自分が、高橋達から同じ様に見られていると思ってもいない大和は、山代の話す桜井の事に益々胸をざわつかせた。
もっと見てみたい…………………桜井湊と言う男を。
「ええ……………………似てますよね、嵩原組長に」
カチャと珈琲カップの音が響き、山代の相槌を打つような呟きが、大和の声に重なる。
「………………………山代」
「だから、教えたくなかったんです………………桜井の事。若頭が、気に入るとわかっていたので」
「は…………………………」
わかっていたので…………………。
大和が顔を向けると、山代はカップへかけた指へ視線を落としていた。
叶わない恋の苦しさ。
また、ライバルが増える。
きっと桜井も、大和を記憶に刻んだに違いない。
ライバル…………………………。
カップの熱も感じない程、嫌な鼓動ばかりが山代の身体を包み込む。
「……………………桜井は、本物の強者です。私でさえ、桜井とぶつかるのは避けて来ました。あの男を敵に回して、山代組………………いや、菱川組までも潰されてはたまらないと思ったからです」
「菱川までって…………………さすがに、それは…………」
「やりますよ、桜井湊なら」
「え………………………」
「冗談抜きで、嵩原組長の様な男なんです……………いや、実際は嵩原組長の方が遥かに迫力がありましたが……………………初めてお会いした時は、本当に桜井の将来を見た気がしました。それ位、醸し出す空気も実力も何もかも、似ています」
忘れもしない、嵩原との初対面。
大和の事を想い、山代は嵩原に認められる事を最優先に考えてはいたが、関東で既に頭角を出してきた桜井の顔が浮かんだのも事実だ。
「今や、若手No.1と謳われる片山と同じです。桜井も、自分の力だけでのし上がって来た極道者。どんなに必死に頑張っても、所詮二世な私には敵わない部分が多い…………………」
敵わない。
…………………………敵わない。
「どうして……………………………桜井…………」
才能があり、周りからも人望の厚い男にだって、言えない想いはある。
ずっと秘めてきた、山代の辛い情愛。
「山…………………………」
「私も……………嵩原組長に似ていたら良かった………」
嵩原組長に。
俯いた山代から出た言葉に、大和の表情は強張る。
嵩原組長に………………………?
いつの間にか長くなっていた煙草の灰が、テーブルの上にハラハラと散っていき、妙な緊張が二人の間を漂った。
「お前……………………もしかして……………」
「私だって………………若頭を愛してます。愛した方の目が誰を追っているか、見ていたら気付きます」
それが、気付きたくない事でも。
大和が近くにいれば、自然とその姿へ目が行く。
嵩原がいくら普通にしていても、大和の視線は人目を忍んで、常にそこを見ていた。
愛し合ってる。
直感で、悟ってしまった。
「この上、桜井まで若頭の側に来てしまったら…………そこに、私を見て下さる隙間はありますか?怖いです、私は……………………貴方の好きな人には、到底勝てないのですから………………………」
勝てない。
張り合う前から、それがわかってしまう男が、恋敵。
しかも、大和の周りには高橋がいて、多くの仲間がいて、桜井が現れた。
皆が、自分の視界の邪魔をする。
「怖いんです…………………っ!」
ガシャン……………………!
陶器のぶつかる音と共に、テーブルを瞬く間に埋める珈琲の波。
怖い。
「山代……………………っ」
驚く大和の胸へと、吸い込まれる様に山代の身体は沈んで行った。
馬鹿なヤクザだ。
10歳も年の違う主に、すがり付く。
呆れる行為だが、止められなかった。
大きく揺れるソファの柔らかさが、山代の切なる想いを露にする。
「何番目でも構いません………………………何番目でも構わないから、私を見て下さい!」
何番目でも。
将来を有望視される山代が、何番目でも構わない。
そこまで下げても、大和に見られたいと願う。
見られたい。
でなきゃ、今度こそ死んでしまいそうだ。
大和に見られなくなったらと思うと、生きた心地がしない。
何の為に、自分は生きようと思ったのか。
「諦めなくてはと何度思っても、諦めきれない…………もう、自分でもどうにもならないほど、貴方に溺れている……………っ」
大和の前に膝まづき、見上げる姿の愛しさが、一層と山代を追い詰める。
どれだけ愛しても、手に入らない人。
それを理解しても、想いは募る。
こんな苦しい恋に、何故堕ちてしまったのだろう。
「愚かな男で、申し訳ありません…………この様な話をしても、ご迷惑をおかけするだけなのに………………」
だけなのに、止めどもなく愛は溢れてく。
想いだけなら、誰にも負けない。
嵩原にも。
高橋にも。
桜井にだって……………………。
「………………………山代」
憂いをおびた表情も、美しい。
山代は、自分を見下ろす大和の頬へ手を伸ばし、その美しい顔を近付ける。
「好き過ぎて…………………壊れそうです……………」
障子越しに照らされる夕日の強さに、部屋全体が茜に映える。
燃えるような色と、暖かい温もり。
それはまるで、人を想う愛のよう。
誰もが真剣で、誰もが熱く心に燃やす。
「壊れそうなんです………………………」
大和の唇へ、自らの唇を重ねていく山代の心もまた、激しくそれが燃える。
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