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「はっ、あ?」
えーと?俺は一体…。
「目を覚ましたか」
「あー…」
ボーッとする頭を軽く振って、ゆっくりと身体を起こしたここは。
「あ。会長室…。火宮さん?」
「あぁ。俺に抱かれてそのまま飛んだ」
「っ…」
あー、思い出した。
思い出したと同時にカァッと頬が熱くなる。
「っ、あ、あんなのっ…薬のせいですからねっ…」
「ククッ、相当乱れて、すごく…」
そそった。
「っ、ばかっ…」
もう、その壮絶な流し目は何なのさ。
「消えてなくなりたい…」
「ククッ、馬鹿を言うな。で、身体はどうだ?」
「どうって…」
イキまくって怠い以外には特に何も。
「副作用はないはずだが、一応な」
「っ!べ、別に何ともないですよ」
本当、そういうところがズルい。
後からそんな風に心配したり、気遣ったりするくらいなら、初めからそんな変なモノを使わなければいいのに。
そうやって思いやってくれるのが嬉しいだなんて思っちゃうんだから悔しい。
「ほんっと、鞭と飴の使い分けが上手いですよねー」
しっかり翻弄されてる俺の言葉はさぞ説得力があるだろう。
「何だそのドヤ顔は」
「別に。火宮さんがどSだってことです」
本当、どこまでもブレなくね。
「ククッ、そこも好き、なんだろう?」
「っな…」
そっちこそ、そのドヤ顔は何。
「きらい……じゃない…」
くそぉ。嘘でも嫌いと言えない俺の口。
「クックックッ…」
あぁもう、その緩んだ笑顔。
そんなの見せられたら、ますます嫌いなんて言えないじゃないか。
「本当好き!ムカつく!」
「ククッ、随分と複雑な告白だこと」
愉悦に揺れる火宮の瞳の奥に、隠しきれない喜びが浮かんでいるのが見えている。
「もうさ、もう…」
こんな顔、きっと他の誰もが知らないだろう。
冷酷で冷徹で、凛として強く気高い孤高の王者、火宮刃が、俺の…恋人の前ではこんなにデレっとリラックスしているなんて。
「ん?翼?」
「うふふふー。俺のだもんねー」
あぁ自慢したい。
だけど誰にも見せたくない。
ゆるりと頭をもたげた独占欲が、俺の中にもあったのか。
「クックッ、可愛い顔をして、どうした」
「っ、かわっ…。な、何でもないですよ」
「ふぅん」
「だけどただっ…」
ここは会長室で、火宮は蒼羽会の会長で。
「好き、だなって…。俺の前で笑ってくれるただの火宮刃も、ヤクザのトップの火宮会長も。どっちも火宮さんで」
「あぁ」
「だから俺は、そのどっちも…その全部が、やっぱり好きだなって。その火宮刃って人が、大好きだなって…」
あー、何言ってるんだろう。
やばい、言ってて途中で恥ずかしくなってきた。
だって俺の言葉を聞いた火宮の顔が、もう甘いの何のって。
蕩けるような…いやもう蕩けきっていて、どんなに濃いシロップよりも、どれほど濃厚な蜂蜜よりも、とろりと甘い、優しい微笑みを浮かべているから。
「ふっ、翼。来い」
「っ、んぁ…」
「来い」って言いながら、すでに腕を引っ張られて、ふらりと立ち上がった身体が抱き締められる。
いつの間にか服は着替えさせられていて、さっぱりしていることに今更気付く。
「また新しい服だし…」
わざわざ買ったのかと思いながら身体を見下ろした顎を捉えられ、「今はこっちだ」と上向かされる。
「んっ…んンッ」
チュッと啄ばむように唇に落ちたキスに、条件反射で口が開く。
「ん、んんーっ…ぁ、ふ」
すかさず入り込んできた舌が、歯列の裏を撫でていき、スゥッと上顎を舐め上げる。
「んっ、そ、こ…や、ぁぁ、はっ」
気持ちよくてやばくて、だけどもっともっと深く欲しい。
チュクッ、クチュッと水音を立てて、執拗に濃厚に、舌が絡まり唾液が混ざり合う。
「んんっ…ンッ」
「クッ、翼」
「っ、ぁ」
やばい。腰抜けた。
ガクンと落ちてしまった身体をぎゅっと支えてくれた火宮が艶やかに笑った。
「クックックッ、もう煽るな」
「っー!どっちが!」
キスを仕掛けてきたのはそっちのくせに。
甘い蕩けた顔はすぐに、サディスティックで意地悪な笑みに変わる。
「オフィスで乱れるおまえというのもな。背徳感が乗じてたまらん」
「なっ…」
「ククッ、たまには会長室でというのもいいものだな」
そそった、って…。
「あなたに背徳感なんて感情は、これっぽっちもないでしょうがぁぁっ」
このどS。
火宮に使われる背徳という言葉が泣く。
「俺は2度と嫌ですからねっ…」
こんなの恥ずかし過ぎるから。
「ククッ、俺が支えていなければ、今にも床に崩れ落ちていきそうなほど感じていて何を言う」
「っ、それはっ…」
あなたがあんな濃厚なキスをするから。
確かに火宮に縋り付いていなければ、今にもへたり込んでしまうけど。
「ククッ、書類も2、3駄目にして」
「え…」
そういえば、目覚めたときに、火宮はデスクについていた。
仕事は切りがついたと言っていたのに…。
「っ!まさかそれって…」
「ククッ」
ニヤリと笑った火宮の顔と、デスクの上にクシャリと丸めて寄せられた数枚の書類を見比べる。
「あぁ。皺になったくらいじゃよかったが、あれらはおまえの精え…」
「ぎゃぁぁぁっ!言うなーっ!」
ばか火宮。どS火宮。このヘンタイっ!
ぐるぐる回る文句と目に、頭がクラクラ目眩を起こす。
「ン…」
っ!
思わず火宮の口を塞いでしまった手のひらに、ベロンと感じた生温い滑った感触は…。
「ひゃぁっ!」
「ククッ、おまえの身体はどこも甘い」
「ばっ…」
何この人。
壮絶に綺麗な顔をして、壮絶に寒いことを言わないで欲しい。
ゾクゾクッと這い上がった寒気がたまらない。
「なんだ、震えて。感じたか?」
「っ、は?もっ…」
ばか火宮。
何とも楽しげに目を細めて、チュッと額にキスを落としてくる。
「ククッ、だがもう今日はな」
ふわりとお姫様抱っこされた身体がゆらりと揺れる。
「書類のやり直しが後1件。終わるまで少し待っていろ」
「っ…」
そっとソファまで運び戻され、優しく下された身体がクッションに沈む。
「終わったら食事に行くぞ。何を食べるか、それまでに考えておけ」
ポン、と頭を軽く撫でた火宮の手が、スルッと遠ざかっていく。
「本当、もう…」
俺を幸せにする天才。
火宮が触れていった頭に手を乗せ、その温もりを逃すまいとぎゅっと押さえる。
デスクに戻った火宮はすぐにスイッチを切り替えてビジネスモードの顔をしていて。
カタカタとキーボードを打つ手には迷いがない。
「あーぁ」
こうしていれば、本当格好いい、イケメンで仕事ができるいい男なのに。
なんでどSで意地悪でヤクザなんだろ。
「でも好きなんだもんなー」
そのどれか1つが欠けたなら、もう火宮は火宮じゃないんだ。
全部があるから火宮刃で、その火宮刃を俺は愛した。
「愛してる…」
思わずポロリと零してしまったら、仕事に集中していたかと思った火宮の口元が、ゆっくりと弧を描いて…。
「っ!聞いて…」
『何を?』と笑う目だけが一瞬向けられた。
「っ…」
言わないよ。2回目なんて。
だって聞こえていたくせに。
「ククッ…」
なんとも愉しそうに、幸せそうに喉を鳴らした火宮が、タタンッとキーボードをタイプする。
そのパソコン画面の光を映した横顔が、なんだかとても印象的に鮮やかに目に焼き付いた。
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