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ヘッドライトのまぶしい逆光になった影が、日下部だと山岡は瞬時にわかった。
「日下部先生…」
パッと駆け寄った山岡を、日下部が迎えてくれる。
「っ…無事だな?」
ドサッと飛び込んできた山岡を受け止めて、日下部がその全身に目を走らせた。
「はぃ…」
コクンと頷いた山岡を見て、日下部がホッと息を吐く。
少し離れた場所から、千里の車がスーッと走り去って行った。
「あの…ごめ」
「聞かない」
「っ…」
「それは後だ。とりあえず戻ろう」
チカチカとライトを点滅させる車を示し、日下部は山岡の肩を抱いて歩き出した。
「とらだよ」
誰が車に?と首を傾げている山岡に苦笑して、日下部は車まで戻った。
「乗って」
後部座席のドアを開け、トンと背中を押した日下部に、山岡は大人しく車に乗り込んだ。
「代わるよ、とら」
自分は運転席に回りながらドアを閉めてくれた日下部に、山岡はギュッと唇を噛み締めた。
前では助手席に移動した谷野と、運転席に乗り込んだ日下部の後ろ姿が見える。
静かに走り出した車内に落ちる、気まずく重苦しい沈黙がたまらない。
「っ…」
山岡は無意識に、少し擦れて傷になった手首をさすりながら、ジッと自分の膝を見つめていた。
その様子を、日下部がバックミラー越しに見ていた。
「手」
「え…?」
「手、どうかしたの?」
不意に声をかけてきた日下部に、山岡はハッと顔を上げた。
「もしかして、縛られてた?」
「っ…」
イエスともノーとも言わない山岡に、日下部は冷ややかな視線をミラー越しに向けた。
「まぁ、自業自得だよね。俺の言うこと聞かないから」
ふん、と冷たく言い放つ日下部に、山岡がビクリと身を竦め、助手席で谷野が苦笑する気配がした。
「余裕みたいだけど、俺、とらのことも怒ってるからな」
「…わかっとる」
「本当、なんなの、おまえたち」
「……」
思わず押し黙る谷野と山岡は、静かな怒りを纏っている日下部の気配に気づいていた。
それからはずっと無言の車内に、どれほど重苦しいドライブが続いたか。
ふと窓の外を見た山岡は、ようやくよく見知った景色を目に止めて、帰ってきたのだと悟った。
「とらも」
マンションの駐車場に車を滑り込ませた日下部が、丁寧に停車し、エンジンを止めた。
一緒に来いと促す日下部に頷いて、谷野が助手席を下りる。
ほぼ同時に運転席を下りてしまった日下部を見ながら、山岡もまたノロノロと後部座席のドアを開けた。
「来い」
グイッと引きずり出される勢いで日下部に手を引かれ、山岡はフラフラと車から下りる。
そのままグイグイと引かれる手に逆らわず、人の動きを感知すると電気がつくエントランスにたどり着き、パッと明るくなった視界に目を瞬いた。
「ん…。擦過傷ね…」
ポツリと呟きながら、山岡の手首を撫で、指先を曲げさせ、腕を撫で、肩を揉んだ日下部が、ホッとしたように手を離した。
「っ…オレ…」
これ以上ないほど怒っているのに、山岡の身体をそれでも気遣ってくれる日下部に、山岡はたまらなくて喉を震わせた。
「……」
言葉を詰まらせた山岡からフイッと目を逸らして、日下部はそのままスタスタとエレベーターに向かってしまった。
もう山岡を振り返ってくれることもしなければ、誘ってくれることもない。
怒りをたたえた背中を向けている日下部を見て、山岡の目に涙がいっぱいたまった。
「行こか…」
後からついてきて、一部始終を見ていた谷野が、ポンと山岡の背を押した。
ちょうど開いたエレベーターのドアの中に日下部が入ってしまうのが見える。
谷野に背中を押され、山岡もまた、その後を追って、オズオズとエレベーターに乗り込んだ。
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