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「っ、日下部さんっ…」
心配そうに声を上げた山岡に、日下部の父は落ち着いた表情でゆっくりと頷いた。
「大丈夫だよ、ありがとう。これは、私が自分から話す」
覚悟を決めたように、静かに瞬きをする日下部の父を見て、山岡はそっと身体から力を抜いた。
「泰佳?」
「千洋…。落ち着いて、聞いてあげてくださいね」
ふわりと微笑む山岡に、日下部がゴクリと唾を飲む。
テーブルの下でそっと重ねられた手をきゅっと握り締めて、日下部は黙って静かに頷いた。
「癌なんだ」
不意に、あまりにあっさりと、千里がその単語を口にした。
「え…?」
「は?」
唖然と固まる日下部の母と、日下部の丸くなった目がパチパチと瞬く。
「食道がん。ステージⅡということだそうだ」
「っな…」
ぎゅっと握られた日下部の手が、山岡の手の中でぶるりと震えたのが分かった。
「や、ま、おか…」
「はぃ」
ふらりと泳いだ日下部の目が、頼りなさそうに隣の山岡に向けられる。
「お、まえ、は、知って…」
「はぃ」
静かに頷いた山岡に、日下部の眉がぎゅぅと寄った。
「資料も、写真も検査データも見ている?」
「はぃ」
隠すことなく頷いた山岡に、日下部がパッと父の方を見た。
「っ、どこ、まで…。あなたの病状は、どこまで…」
ギリッと奥歯を軋ませて、日下部が挑むように父を見つめる。
その視線を受け止めて、日下部の父が、ふぅと1つ息をついた。
「山岡先生」
「よろしいのですか?」
オレの口から説明しても、と山岡は問う。
「構いません。お願いします」
「っ、はぃ…」
2人の会話に、ぐっと息を詰めた日下部が、そっと山岡に視線を戻した。
「T1bN2。食道癌のⅡ期です。粘膜下層を超え、食道付近のリンパ節への転移が認められました。遠隔転移はないだろうと、オレは見ましたが…」
「っ、切れるかっ…?」
「オレならば」
「っ~~!」
ぎゅぅぅっ、と痛いほどに強く、山岡の手を握り締めてきた日下部に、山岡はふんわりと嬉しそうに微笑んだ。
「日下部さん」
「山岡先生…」
「日下部さん、これが、答えです」
ほら、と、痛いほどに握り締められた震える手を持ち上げて、山岡はほんのりと首を傾げた。
「山岡先生…」
「あなたは、何故千洋に、医学部へ行くことを許したのですか?」
「あ、あぁぁ」
「千洋は、あなたのオペは出来ません」
きっぱりと言い切った山岡に、日下部と日下部の父の目が、同時に互いを見つめた。
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