アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
08 安寧のとき2
-
今日は、土曜日。
関口はヴァイオリンを抱え、恩師である柴田の家にやってきていた。
彼の自宅は閑静な住宅街にある。
定年までもう少しの柴田。
現在は、ここから車で20分ほど掛かる町の高校を受け持っているとのことだった。
普通であれば、土曜日は部活があるので自宅にいないことが多いが、今日はたまたま在宅していた。
練習しがてらやってきたつもりだったが、いつの間にかコンクールの話で盛り上がってしまっていた。
「すみません。せっかくのお休みだったのに」
関口はソファに座り、恥ずかしそうに俯く。
なんだかんだ言っても、彼にとったら尊敬している師である。
蒼に対しては、悪態ばかりがしれないが、柴田には頭が上がらない。
目の前に座る柴田はゆったりと寛いでいた。
「気にしなくていいんだ。どうせ暇を持て余していたからな。……それにしても。そうか。コンクールに出ることにしたのか」
「はい」
彼は、おかしそうに笑う。
「海外留学中もみんながこぞってコンクールに挑戦していたのに。あの件以来、コンクールって言葉を無視して生きてきたからな」
柴田の妻、はにこにこして関口の前にお茶を出す。
軽く挨拶をしてからそれに手を付け、ため息を吐く。
「正直言えば、今でも恐いです。コンクールは。そのせいで、いつまでも前に進めないんだぞって馬鹿にされてますけどね」
「そうだったなあ」
柴田は苦笑して、目の前の関口を見詰めていた。
「しかし。どうしたんだ?急に。まだ乗り越えたわけではないだろうに。どうして急に思い立った?」
「急って訳でもなくて。ずっと乗り越えたいと思ってはいたのです。もう、いい歳です。このままくすぶっているのでは、音楽家としては、見切りをつけなくては行けない。そう思っていました」
「それはそうだか。そんな話は、前々からもあっただろうに」
柴田は、真剣な眼差し。
「確かにね。音楽家の華は、10代から20代前半までだ」
世界的に飛び出している人材は、そんなものだ。
30くらいになって芽を出す者はほとんどいない。
脱落すれば、後は音楽の教師か、町の音楽教室行き。
あちこちの楽団をはしごして食いつなぐか。
音楽家とは、華々しいイメージだが、成功者と脱落者の落差が激しい。
関口は、遅咲き。
遅すぎるくらい。
黙っていても、成功するツテはあるものの、不器用な性格だ。
自分との勝負ばりで、なかなか芽が出ない。
柴田は、そう見ている。
要領が良くて器用なやつだったら。
今頃は、世界のトップスターと肩を並べられる男だ。
この業界は、そう言うものだ。
実力勝負だけではないと言うことだ。
ある程度、ずるく割り切らないと。
関口に足りないものはそれだ。
湯のみを置き、ぽつんと呟く。
「今回のコンクールを、打開点とする理由は、あれかな?」
柴田の言葉に、関口は口元を歪ませる。
「そうなんです。あの人が、審査員なので」
「真っ向勝負してみると言うことだね」
関口のトラウマの元凶。
柴田は理解している。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
48 / 869