アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
33 ちゅんちゅんちゅん5
-
午後になって、星野、吉田、尾形、高田は鳥小屋製作に行ってしまった。
水野谷は、会議で本庁に行っているし。
氏家は見回りに行っているし。
事務所には、蒼しかいなかった。
うとうと午後の陽気に眠くなっていると、人が入ってくる。
「あの~」
「は!はい!!!」
ビックリして顔を上げると、そこには昨日の男がいた。
確か。
市民合唱の団長。
「あ、」
蒼はなんと声を掛けようか迷う。
「あ、昨日はお恥ずかしいところを」
しかし、相手のほうが蒼に気付いて挨拶をしてきた。
「いえ」
何だろう?
蒼は椅子を勧めて彼を座らせる。
「今日は、何か」
蒼はコーヒーを彼の前に置く。
確か。
黒田って言ったっけ?
「あ、今日、課長さんは?」
「会議で。市役所に行っているんです」
「そっか」
「あの、なにか伝えますか?」
なんだろう?
「いや」
「……」
話が続かない。
蒼は、まじまじと彼を見た。
見たところ、自分と同じ感じかな?
いや若いかもしれない。
関口くらい?
昨日の先生とは仲直りしたのかな?
蒼は色々なことを考えていた。
「昨日の、事情を知っている君だから言うけど、実は、今度の文化祭の出演を辞退したいんだ」
やっぱり!!
そう思う。
だって大変そうだったもの。
「そうでしたか」
「えっと……」
黒田は、蒼の首からぶら下がっている名札を見る。
「あ!!おれは熊谷……熊谷蒼です!!」
慌てて蒼は名刺を取り出す。
自己紹介を忘れていた。
「あ、おれは名刺ないんだ。なにせ、ただの音楽教師だし」
「いえ。これ、どうぞ。宜しくお願い致します」
蒼が出した名刺を彼はじっと見た。
「蒼?珍しい名前」
「はあ。よく言われます」
「そっか。あ、おれは黒田哲郎(てつお)。古典的な名前なんだけどね」
「そんな。いい名前です」
「ありがとう。って、いくつ?」
どうしてこんな話になっているのだろう?
蒼は苦笑しながら黒田を見る。
「おれは27です」
「嘘!!見えないね。おれは25歳。おれより年上なんだ」
「はあ」
笑っている黒田は素直そうだ。
「あの、昨日の」
そこで、本題に戻る。
「あ、昨日のね。そう。揉めていてね。あの、昨日おれと喧嘩していたのが市民合唱の顧問の横川先生って言うんだけどね。頑固ものなんだって」
「そう、なんですか?」
「おれも頑固なんだけどね」
確かに。
それはそうだ。
昨日の喧嘩を見てればそれは理解できる。
「ちょっと、先生とおれらの意見がぶつかっていてね。内輪揉めじゃないけど、安定しなくって。そんな状態だから、今度の文化祭もどうなるか」
「そうですか」
「本当に。声を掛けてもらって嬉しいんだけど」
「はい」
黒田は寂しそうに視線を落とす。
「これから、どうなっていくのでしょうか?」
思わず蒼は思っていることをぽろっと言ってしまう。
そしてはっとした。
どうなるのか心配しているのは黒田の方ではないか。
「どうなるのかな。横川先生はおれの師匠でもあるんだ。だから、おれがよく知っている。頑固だし。こうなったら、こっちが折れるしかないんだけど。でも、おれたちにだって、おれたちなりのポリシーがあるし。団員の中には先生の降板を言い出す奴もいてさ。本当に頭が痛いよ」
「そうですか」
「おれはさ、意見が少し違うからって、そこで『はいさようなら』は嫌なんだよ。人と人が集まったら、意見が食い違うのは当たり前だし。それを何とか折り合いつけていくのが人間だと思うんだよね。生徒たちを見ていてもそれは思うんだ」
「ええ」
蒼は黒田の言葉に耳を傾けて、しっかりしている人だなと思う。
さすが自分よりも若いのに、市民合唱の団長なんてやっているだけのことはある。
音楽のサークルって才能もだけど、他のサークルと一緒で、人をまとめられる人じゃないと駄目だと思。
「おれはこれから、もう少し団内を調整して先生に掛け合おうかと思っているんだ。じゃないと話が進まない」
「そうですね」
「うん」
まだ見通しが立っていないせいで黒田は焦っているような気がする。
もっとゆっくり考えられないかな?
文化祭のことも。
まだ先だもの。
もう少ししてから、結論を出してもいいような気がした。
蒼は「あの!」と声を上げた。
「?」
「焦らないでください」
「え?」
「いや、おれが口出すのもおかしいけど。じっくり考えてから。ね?」
最初はビックリした顔をしていた黒田だったが、蒼の真剣な瞳に頷く。
「うん。大丈夫だ」
「あの」
「なに?」
「文化祭のことはもう少し保留にはできませんか?」
「え?」
何を言っているんだろう。
でも。
蒼は、なんだか文化祭は市民合唱にお願いしたいと思った。
こんなに真剣に音楽に取り組んでいるのだ。
自分たちも一緒にできたらいい。
「お願いします」
「……」
しばらく黒田は考えているようだったが、蒼の申し出に頷いた。
「分ったよ」
「本当ですか?」
「そうだな。その方がおれもいいのかも。切羽詰ったほうが力発揮できるし」
「そんな」
「そうなんだって。ありがとう。ちょっと迷っていた部分もあったんだよね。これからどうしようって。でも目的ができちゃったから。なんとか先生を引き戻さなくちゃ」
苦笑する。
蒼も釣られて笑った。
「ありがとう。助かったよ」
「いえ」
椅子を立って黒田は帰っていく。
「また来る」
「はい」
彼を見送っているとラウンドから氏家が帰ってきた。
「誰?」
「今度お世話になる市民合唱の団長さんです」
「へ~若いね」
「はい」
なんとかなるといいな。
蒼は彼の後姿をいつまでも見送った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
245 / 869